筋力と筋肉にまつわる疑問。科学が示す最新の答え
筋力トレーニングやフィットネスに関して、筋肉や筋力についての様々な疑問が語られます。本記事では、以下の4つのテーマについて最新の研究知見に基づき解説します。
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筋力は筋肉量や筋肉の大きさに比例するのか?
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筋肉は何歳になっても鍛えることが可能なのか?
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人がつけられる筋肉量には限界があるのか?(自然な限界、遺伝要因など)
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速筋繊維と遅筋繊維を高レベルで両立することは可能なのか?(両立可能性、トレーニング方法など)
1. 筋力は筋肉量や筋肉の大きさに比例するのか?
筋肉が大きいほど筋力も高い傾向はありますが、必ずしも単純な比例関係ではありません。
筋肉のサイズ(断面積)は最大筋力を支える重要な要因であり、実際に筋断面積(CSA)と最大筋力には正の相関関係が認められています。
しかし筋力は筋肉量だけで決まるものではなく、神経系の適応や筋繊維の構造など複数の要因が関与します。
例えば、トレーニング経験者は未訓練者よりも同じ筋断面積あたりの筋力(F/CSA比)が高いことが報告されており、筋力の向上分をすべて筋肥大だけで説明することはできません。
男女差や加齢による差異も指摘されており、研究レビューによれば筋力と筋断面積の関係は一様ではなく必ずしも簡単に比例すると言い切れない複雑なものです。
要するに、大きな筋肉は高い筋力の土台にはなるものの、筋力発揮効率(筋肉の「質」や神経制御)の違いによって個人差が生じるのです。
2. 筋肉は何歳になっても鍛えることが可能なのか?
結論から言えば、筋肉は何歳からでも鍛えて強くすることが可能です。
加齢によって筋肉の肥大反応は若年時より鈍くなる傾向がありますが、それでも適切な負荷の筋力トレーニングを行えば高齢者でも筋力・筋量の向上が十分期待できます。
実際、90歳代の高齢者を対象とした古典的研究では、8週間の高強度レジスタンストレーニングによって膝伸展筋力が平均で174%も増加し、太ももの筋断面積も約9%拡大しました。
トレーニング前は歩行速度が遅かった被験者たちの歩行能力も大幅に改善しており、96歳までの超高齢者でも筋力と機能が劇的に向上したのです。
さらに近年の研究では、高齢者であってもトレーニング無反応者(いくら運動しても効果が出ない人)は存在しないことが示されています。
例えば平均年齢70歳前後の男女110名を対象に12~24週間の筋力トレーニング効果を解析した研究では、参加者全員に筋力または筋肉量・機能のいずれかの向上が見られ、一人として効果が全く得られない人はいなかったと報告されています。
この結果、著者らは「高齢男性・女性にレジスタンストレーニングを行えば非レスポンダーはいない」と結論づけています。
つまり歳を重ねても筋肉は適切に反応し、鍛えれば必ず何らかの改善が期待できるのです。
確かに高齢になるほど筋肥大の度合いは小さくなりがちですが、筋力については加齢によるトレーニング効果の低下はそれほど顕著ではないとの報告もあります。
以上のように、高齢者であっても諦めずに筋トレを継続すれば筋力向上や筋肉の維持増強は可能であり、実際に世界保健機関や各国の運動ガイドラインも高齢者への筋力トレーニング実践を強く推奨しています。
3. 人がつけられる筋肉量には限界があるのか?
一般的に、遺伝的に規定された“自然な筋肉量の限界”が存在すると考えられています。
個人ごとにホルモン分泌や筋繊維の特性が異なるため、同じトレーニングを行っても付けられる筋肉量には差があります。
ボディビル競技の歴史を振り返ると、禁止薬物(アナボリックステロイド)を使用しないナチュラルな状態で達成できる筋量にはおおよその上限が見て取れます。
その指標の一つにFat-Free Mass Index (FFMI)(除脂肪体重指数)がありますが、ある研究によればステロイド非使用のトップボディビルダーのFFMIは概ね25前後が上限であるのに対し、ステロイド使用者ではこの値がしばしば25を超え、中には30を上回る例も確認されました。
この結果は、FFMI≈25程度が薬物なしで達成し得る筋量の目安であり、それ以上は遺伝的な素質や薬物介入なしには極めて難しいことを示唆しています。
また、生物学的にはマイオスタチン(MSTN)と呼ばれるタンパク質が筋肉の過剰な肥大を抑制する役割を果たしています。マイオスタチンは骨格筋の成長にブレーキをかけ「筋肉が大きくなりすぎないようにする」調節因子であり、この遺伝子に変異があると筋肉が通常の約2倍の量まで肥大化する特殊な例も報告されています。
実際、マイオスタチン変異を持つ希少な症例では幼児期から筋肉量が非常に多く筋力も高いことが確認されています(健康上の問題は伴わないとされています)。
このことは、通常の人ではマイオスタチンなど遺伝的要因によって筋肉の大きさにある程度の上限が設けられていることを示すものです。
もちろん筋肥大には個人差が大きく、「限界」に達するまでの速度も人それぞれです。
一般にはトレーニングを始めて数年間で筋肉は著しく成長し、その後は成長率が緩やかになる傾向があります。
しかし最先端の研究から得られた上記の知見に照らせば、自分の遺伝的ポテンシャル内であれば努力次第で筋肉を大きくできる一方、万人に共通する“生物学的な壁”も存在すると考えておくのが妥当でしょう。
4. 速筋繊維と遅筋繊維を高レベルで両立することは可能なのか?
速筋(II型筋繊維)と遅筋(I型筋繊維)の両方を高度に発達させることは容易ではありませんが、トレーニング方法を工夫すればある程度の両立は可能です。
一般に、速筋繊維は瞬発的な力発揮に優れ、遅筋繊維は持久力に優れています。
実際、エリート短距離走者や重量挙げ選手には速筋繊維の割合が多く、マラソン選手など持久系競技者には遅筋繊維が多いことが知られています。
これは筋繊維タイプの違いがそれぞれの競技パフォーマンスを最適化する方向に発達するためで、両極端の能力を同時にトップレベルまで高めるのは難しいことを示唆します。
では筋力(瞬発系の能力)と持久力をともに高いレベルで兼ね備えることは可能なのでしょうか? トレーニング科学の分野では、筋力トレーニングと持久的トレーニングを並行して行うと一方の適応がもう一方を妨げる可能性が指摘されてきました。
1980年、アメリカの生理学者Hicksonは有酸素運動と筋トレを同時に行う実験を行い、その結果持久的トレーニングの併用が筋力の向上を阻害する現象を報告しています。
この「干渉効果(インターフェレンス効果)」は長らく両立の難しさを示す現象として注目されました。
しかし、その後の研究ではこの効果は条件次第で最小限に抑えられることが分かってきています。
実際、近年の研究者らは「Hicksonの報告とは逆に、筋力と持久力の同時トレーニングは必ずしも筋力向上を阻害しない」と指摘しています。言い換えれば、トレーニングプログラムの組み方や個人の適応次第で速筋的適応と遅筋的適応を両立させる余地があるのです。
最新のメタ分析(統合解析)結果も、この両立の可能性を裏付けています。2022年の系統的レビューとメタ分析では、有酸素運動とレジスタンストレーニングを併用したグループでも筋繊維の肥大効果は単独の筋トレ群と比べてわずかに減少した程度(効果量にして0.2程度の差)であることが示されました。
特に興味深いのは、持久的トレーニングの内容による違いです。
持久運動にランニングを用いた場合には遅筋繊維の肥大効果がやや抑制されましたが、サイクリングを用いた場合にはこうした干渉はほとんど見られなかったと報告されています。
研究者らは、ランニングのような着地衝撃や長時間のエキセントリック負荷を伴う運動よりも、関節への負担が少ないサイクリングの方が筋肥大への悪影響が小さい可能性を示唆しています。
以上の知見から、速筋的適応(筋力・パワー)と遅筋的適応(持久力)を両立させるポイントはトレーニングのデザインにあります。
具体的には、筋力トレーニングと持久系トレーニングを行う順番や頻度、時間配分に留意し、十分な休養を確保することが重要です。
また、持久的な運動様式も工夫できます。例えば週内の持久トレーニングは走るよりも自転車エルゴメーターや水泳に置き換える、筋トレと持久運動は同じ日に連続して行わず別々の日に行う、といった方法で干渉を減らせる可能性があります。
実際、競技スポーツの世界ではクロスフィットやトライアスロンなど筋力と持久力の両方が要求される分野も存在し、選手たちは巧みなプログラム編成によって二律背反に見える適応を両立させています。
完全に両極端の能力を同時に頂点まで伸ばすのは難しいものの、適切なトレーニング戦略次第で速筋と遅筋の性能を高水準でバランスよく発達させることは十分可能なのです。
おわりに
筋力と筋肉に関する4つの疑問について、現在得られている科学的エビデンスをもとに解説しました。
筋力は筋肉の大きさによって大きく左右されますが、それだけで決まる単純なものではありません。
また筋肉は年齢に関係なく鍛えることができ、誰でも適切なトレーニングによって恩恵を得られます。
さらに筋肥大には遺伝的な限界が存在する可能性が示唆されていますが、その範囲内であれば努力によって筋肉を成長させることができます。速筋と遅筋の両立についても悲観的になる必要はなく、工夫次第で筋力と持久力をバランス良く伸ばすことが可能です。
科学的知見を踏まえてトレーニングに取り組むことで、無理のない効果的な目標設定と継続的な成長が期待できるでしょう。
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