タンパク質の歴史と現在: 栄養学からサプリメント市場まで
栄養学におけるタンパク質研究の歴史
タンパク質(プロテイン)は、現在ではヒトの健康に欠かせない三大栄養素の一つとして知られていますが、その重要性が科学的に理解されてきたのは19世紀以降のことです。
19世紀初頭、イギリスの化学者ウィリアム・プラウトは食品成分を分析し、糖質・脂質・アルブミン質(タンパク質に相当)という三つの主要区分を提唱しました。
その後、1838年にオランダの化学者ヘラルド・ムルダーは動物の組織に含まれる物質を研究し、スウェーデンの化学者イェンス・ベルセリウスの助言でギリシャ語で「第一のもの」を意味する「プロテイン(protein)」という名称を提案しました。
こうした発見により、タンパク質が生物にとって基本的かつ重要な成分であるという概念が確立されました。
19世紀にはまた、タンパク質が生存に不可欠であることを示す実験も行われています。
フランスの生理学者マジャンディは、犬に糖質だけの餌を与える実験で、タンパク質を欠いた食事では動物が生き延びられないことを示しました。
これはタンパク質(窒素を含む栄養素)が欠乏すると生命維持ができないという初期の証拠となり、栄養学の分野でタンパク質の重要性を裏付けるものでした。
20世紀に入ると、タンパク質の構成要素であるアミノ酸の研究が進展します。
1900年代初頭には、オズボーンとメンデルらがラットを用いた栄養実験で、タンパク質中の特定のアミノ酸が成長に必要であることを確認しました。
1930年代にはアメリカの生化学者ウィリアム・ローズが必須アミノ酸の研究を進め、1935年に最後の必須アミノ酸であるスレオニンを発見しました。
これにより、体内で合成できない必須アミノ酸は食事から摂取する必要があることが明確になり、食品中のタンパク質の質(アミノ酸組成)の重要性が認識されるようになりました。
栄養学におけるタンパク質研究は、その後も進化を続けました。第二次世界大戦前後には、発展途上国で子供に見られる深刻なタンパク質欠乏症(クワシオルコル)が報告され、タンパク質不足による健康影響が社会問題として認識されました。
1940年代には米国で栄養所要量(現在の推奨摂取量の原型)が策定され、成人に必要なたんぱく質摂取量も提案されています。
また、1950年代にはリンウス・ポーリングやマックス・ペルツらによってヘモグロビンなどタンパク質の立体構造が解明され、タンパク質の生物学的機能解明が飛躍的に進みました。
こうした生化学的発見も栄養学に影響を与え、タンパク質の消化・吸収や代謝、そして窒素バランスの研究へと繋がっていきます。
近年では、タンパク質の栄養学的研究は健康増進やスポーツパフォーマンスの分野で盛んです。
例えば、高齢者のサルコペニア(筋肉減少症)予防のためのタンパク質摂取の重要性や、運動後の筋肉合成を最大化するための最適なたんぱく質量・タイミングに関する研究が数多く発表されています。
こうした現代の研究によって、タンパク質は当初の「生存に不可欠な栄養素」という位置付けから、現在では「健康長寿や競技力向上において戦略的に管理すべき栄養素」へと、その捉え方が大きく広がっています。
サプリメントとしてのプロテインパウダーの誕生と技術的進化
タンパク質を補給する手段としての「プロテインパウダー(たんぱく質補助食品)」が誕生したのは、20世紀中頃のアメリカにおいてでした。
第二次世界大戦後、筋力トレーニングやボディビルディングが徐々に一般にも広まり始めると、運動選手向けに手軽にタンパク質を摂取できる製品のニーズが生まれました。
1950年代には、米国のボディビル界のパイオニアであるボブ・ホフマンが大豆由来のプロテインパウダー「Hi-Proteen」を販売し始めた記録があります。
これは市販された初期のプロテインサプリメントの一つで、トレーニング雑誌などで宣伝され、筋肉増強を目指す人々の注目を集めました。
プロテインパウダーの原料や製法も、時代とともに進化を遂げてきました。初期の製品は大豆タンパクや卵アルブミン、あるいは乳由来のカゼインなどが主流でしたが、味や溶けやすさの点で課題があり、「チョークのような味」と評されるものもありました。
1970年代になると、乳製品産業でチーズ製造の副産物として大量に出るホエイ(乳清)に着目し、それを濾過濃縮してタンパク質含有率を高める技術が開発されます。
このホエイプロテインは必須アミノ酸(特にロイシン)を豊富に含むことから栄養価が高く、次第にスポーツサプリメント市場の主流となっていきました。
1980年代から1990年代にかけては、超微細ろ過やイオン交換法によって乳糖や脂肪を除去したホエイプロテイン分離物(WPI)の製造が可能となり、より高純度で吸収の速いプロテインが普及しました。
さらに技術の進歩に伴い、プロテインパウダーには多様な種類と形態が登場しています。1990年代以降、酵素処理によってあらかじめペプチドに分解した加水分解プロテインが開発され、消化吸収の速さを売りにする製品も出現しました。
近年では、動物性以外のタンパク源にも注目が集まり、エンドウ豆由来のピープロテインや玄米プロテイン、ヘンプ(麻)プロテインなどの植物性プロテインパウダーが台頭しています。
これらは製法の改良によって風味や舌触りも向上し、複数の植物性タンパク質をブレンドして必須アミノ酸をバランス良く含むよう工夫された製品も増えています。
また、プロテインバーやプロテイン配合飲料など、粉末以外の形態のタンパク質補助食品も技術革新により多彩になってきました。
このように、プロテインサプリメントは約70年の間に原料・製法の面で飛躍的な進歩を遂げ、現在では消費者のニーズに合わせた実に多様な選択肢が存在しています。
フィットネス・ボディビル界でのプロテイン利用の歴史

タンパク質摂取と筋肉の関係は、フィットネスやボディビルの世界で長年にわたり重視されてきました。
1950年代から1960年代にかけて、アメリカではボディビル競技が盛んになり、当時のアスリートたちは牛乳や卵、肉などタンパク質豊富な食品を大量に摂取して筋肉増強を図っていたと伝えられています。
たとえば、1950年代の著名なボディビルダーであるスティーブ・リーブスも、日常的に多量のミルクとステーキを食べていたと言われます。
やがて筋力トレーニングに関する科学的知見が蓄積するとともに、効率良くタンパク質を摂れるプロテインパウダーの価値がアスリートに認識され、前述したような市販のサプリメントが広まっていきました。
1970年代にはアーノルド・シュワルツェネッガーをはじめとする有名ボディビルダーが登場し、彼らのトレーニング法や栄養法がメディアで紹介されるようになりました。
シュワルツェネッガー自身も著書やインタビューで「筋肉をつけるには大量のプロテインが必要だ」といった主旨を語り、高タンパク食とプロテインシェイクの利用を推奨していました。
この時期には運動生理学の研究も進み、運動直後のタンパク質摂取が筋肉合成を高めるというエビデンスが徐々に蓄積され始めます。
1980年代から1990年代にかけては、アメリカを中心にフィットネスブームが起こり、ウェイトトレーニングがアスリート以外の一般層にも広がりました。
それに伴い、プロテインサプリメントもボディビル大会出場者だけでなく、一般のジム愛好者やスポーツ選手全般に普及していきます。
1994年に米国で「栄養補助食品の健康教育法 (DSHEA)」が成立し、サプリメント市場の規制が緩和されると、各種スポーツサプリメントの開発・販売が加速しました。プロテインパウダーも多様なフレーバーや用途別製品(筋力アップ用、減量用など)が次々と投入され、市場は急拡大しました。
一方、スポーツ界では2000年代以降、公式にプロテイン摂取が推奨される場面も増えています。
例えば、国際オリンピック委員会 (IOC) は選手のリカバリーにおけるタンパク質補給の重要性を報告書で述べており、各国のスポーツ栄養ガイドラインでも運動量の多いアスリートには一般人以上のタンパク質摂取が勧められています。
現在では、プロテインシェイクはウェイトトレーニング愛好家のみならず、持久系アスリートや学生スポーツ選手に至るまで幅広く利用されており、競技レベルでの利用実態も盛んに研究されています。
日本国内でのプロテインの普及史
日本においてプロテインサプリメントが広く普及し始めたのは、欧米に遅れること数十年、主に1980年代以降と言われます。
1970年代頃までは、日本でタンパク質補給というと肉や魚、大豆製品など食品から摂るのが一般的で、粉末状のサプリメントはボディビル競技者の一部で細々と使われる程度でした。
転機の一つは、1980年代のフィットネスブームと、日本国内企業によるプロテイン製品の発売です。当時、明治製菓(現: 明治)が「ザバス (SAVAS)」ブランドのプロテインパウダーを発売し、国産の手軽なタンパク質補助食品が入手可能になりました。
また、森永製菓は米国のウイダー(Weider)社と提携し、「ウイダー」ブランドでプロテインや栄養補助食品を展開し始めます。
これら食品メーカーの参入により、信頼性と入手しやすさが向上し、一般のスポーツ愛好者にも徐々に受け入れられていきました。
1990年代から2000年代にかけて、日本でもスポーツクラブやジムが増加し、若年層を中心に筋力トレーニングが浸透しました。
その頃には海外ブランドのプロテイン(例えばオプティマム・ニュートリションやダイマタイズなど)も輸入されるようになり、選択肢が一層広がりました。
2000年代後半には、インターネット通販の普及により個人輸入で安価な海外製プロテインを購入するユーザーも増え、市場競争が活発化しました。
同時に、日本のプロテイン市場も年々成長を続け、健康志向の高まりとともにプロテインの一般層への浸透が進みました。
例えば2010年代後半には、コンビニエンスストアでプロテイン配合飲料やプロテインバーが販売されるようになり、「プロテイン女子」という言葉が生まれるほど女性にもタンパク質摂取ブームが広がりました。
ある調査では、日本国内のプロテイン関連商品の市場規模は2013年から2019年にかけて倍増したとのデータも報告されています【4】(正確な公式統計は確認できませんでした)。
文化的背景として、日本ではかつて「プロテイン=筋肉増強剤」のような誤解も一部にありました。
しかし近年では、プロテインは単なるボディビル用の特殊な粉ではなく、「健康や美容のための高タンパク食品」として認識されるようになっています。
テレビや雑誌でもタンパク質摂取のメリットが特集され、高齢者のフレイル予防から若年女性のダイエットまで、幅広い文脈でプロテインが推奨されるようになりました。
こうした企業・メディアの後押しもあり、プロテインは当初の限られた層での利用から大衆化へと進み、今や日常的な健康アイテムとして定着しつつあります。
現在のプロテイン市場の動向とこれからの展望
近年、プロテイン市場は世界的にも日本国内でも拡大傾向にあり、その動向にはいくつかの顕著な特徴が見られます。
まず、植物性プロテインの台頭です。従来、スポーツサプリメント市場ではホエイプロテインなど動物性が主流でしたが、環境への配慮やビーガン/ベジタリアン志向の高まりにより、エンドウ豆やソイ(大豆)など植物由来のプロテイン需要が急伸しています。
市場調査会社の報告によれば、植物性プロテイン分野は年間二桁近い成長率を続けており、2020年代半ばにはホエイに次ぐ市場シェアを占めると予測されています。
実際、欧米のサプリメント市場では植物由来のプロテイン製品がラインナップの中核を占めつつあり、日本でも豆乳由来のプロテイン飲料や大豆プロテインバーなどが増加しています。
次に、代替タンパク質(オルタナティブプロテイン)の開発です。
技術革新により、これまで食品として一般的でなかった原料からタンパク質を抽出・利用する試みが進んでいます。その一つが昆虫由来タンパク質で、コオロギ粉末を使ったプロテインバーなどが海外のみならず日本国内でも試験的に販売されています。
また、微生物を用いて発酵法でタンパク質を生産する精密発酵の技術も注目されています。
米国の企業(例:パーフェクト・デイ社)は酵母に遺伝子組換えを施し、乳清プロテイン(ホエイ)そのものを動物を介さずに生産することに成功しており、それを使用したアイスクリームや飲料が既に市場投入されています。
このような代替タンパク質は、持続可能性の観点から将来の重要なタンパク源として期待されます。
さらに、プロテイン商品の機能性・付加価値も進化しています。単に筋肉の材料となるだけでなく、プロバイオティクス(善玉菌)を配合して腸内環境にも配慮したプロテインパウダーや、ビタミン・ミネラルを強化して総合栄養食に近づけた製品などが登場しています。
消費者の健康志向に応える形で、「人工甘味料不使用」「オーガニック原料使用」といったクリーンラベルを掲げる商品も増えました。
さらに、高齢者向けに消化を助ける酵素を添加したプロテイン飲料や、牛乳を飲めない人向けにアレルゲンフリーのプロテイン食品など、ターゲット別の製品開発も盛んです。
今後の展望として、タンパク質に対する需要は引き続き増加すると予想されています。
国連の報告でも、2050年に向けて世界のタンパク質資源の確保が重要課題になると指摘されており、食糧問題の観点からも代替プロテインへの投資が加速しています。
サプリメント市場においても、従来の粉末を溶かして飲む形だけでなく、日常の食事に組み込みやすい形(プロテイン入りのスナック類や、料理に混ぜて使えるプロテイン素材など)のニーズが拡大すると考えられます。
さらに、科学研究の進歩により、個々人の遺伝的背景や腸内細菌叢に合わせたパーソナライズド栄養の時代も到来しつつあります。
将来的には、一人ひとりに最適化されたタンパク質摂取量・タイミングをAIが提案し、それに見合ったプロテイン食品が提供されるといったことも現実になるかもしれません(現時点では仮説です)。
まとめ: タンパク質研究とプロテイン製品の歩みを振り返ると、それは科学と技術と社会ニーズが交錯しながら発展してきた歴史でした。
19世紀にタンパク質の存在と重要性が解明されて以来、私たちはその栄養学的価値を理解し、20世紀にはそれを効率的に摂取する方法を生み出し、21世紀の現在ではさらなる健康と持続可能性のために革新的なタンパク質源を模索しています。
今後も新たなエビデンスと技術がプロテイン市場を形作っていくことは確実であり、栄養と食の未来を語る上でタンパク質は引き続き中心的なテーマであり続けるでしょう。
参考文献:
-
Carpenter K.J. (1994). A Short History of Nutritional Science. Part I (1785–1885). Journal of Nutrition, 124(9 Suppl): 1739S-1750S.
-
Carpenter K.J. (1994). A Short History of Nutritional Science. Part II (1885–1985). Journal of Nutrition, 124(10 Suppl): 1848S-1857S.
-
Roach R. (2008). Muscle, Smoke & Mirrors: Volume I. AuthorHouse (USA).
-
日経クロストレンド (2020年). 「プロテイン市場の急成長:一般消費者に広がる健康志向」. (オンライン記事).
-
Allied Market Research (2022). Protein Supplement Market Size, Share & Trends Analysis Report. (プレスリリース/市場レポート概要).
-
FAO (2013). Edible Insects: Future Prospects for Food and Feed Security. FAO Forestry Paper 171.
-
Forbes (2019). 「人工培養の乳清タンパク質で作った世界初のアイスクリームが登場」(オンライン記事).






