有酸素運動は筋肉減少を招くのか?最新研究に基づく解説
一般に、「有酸素運動(エアロビクス)をやり過ぎると筋肉が落ちる」と耳にすることがあります。実際、マラソンランナーなど持久系アスリートは細身で、ボディビルダーやスプリンターは筋骨隆々です。
この対比から、「長時間のランニングやサイクリングなどを行うと筋肉量が減ってしまうのではないか?」と不安になる方もいるでしょう。
しかし最新の研究によれば、有酸素運動が必ずしも筋肉の減少を招くわけではなく、その影響は運動の種類・時間・強度、そして栄養管理や他のトレーニングとの組み合わせによって大きく異なります。
本記事では、一般の健康志向の方からアスリート、高齢者に至るまで、それぞれの立場で有酸素運動が筋肉量に及ぼす影響と、筋肉減少を予防するポイントを、最新の研究知見に基づいてわかりやすく解説します。
有酸素運動と筋肉量の関係:基礎知識
筋肉量に対する有酸素運動の影響を理解するため、まず基本的なメカニズムを押さえておきましょう。
筋力トレーニング(レジスタンス運動)は主に筋繊維に強い負荷をかけ、筋タンパク質の合成(筋肉の修復・肥大)を促進します。
一方、有酸素運動は心肺機能の向上や持久力アップが主目的であり、筋肉への刺激は比較的軽いものになります。従来の定説では「有酸素運動では筋肥大はほとんど起こらない」と考えられてきました。
しかし、近年の研究でこの常識が覆りつつあります。例えば2014年の総説では、有酸素運動でも適切な条件下で筋タンパク質代謝が促進され、結果として筋肥大が起こりうることが報告されています。
実際、若年層と高齢者の双方において、12週間の有酸素トレーニング(例:定期的なサイクリング)後に大腿四頭筋の断面積が平均約4 cm²増加したという報告もあります。
つまり、有酸素運動は筋肉を使うことで筋タンパク質の合成を促進し(特に持久的な筋繊維やミトコンドリアの増加といった形で)、決して「筋肉に何のプラスにもならない」わけではないのです。
もっとも重要なのは、有酸素運動と筋トレをどう組み合わせるかという点です。両者を並行して行うことを「コンカレントトレーニング(同時併用トレーニング)」と呼びます。
1980年代の古典的研究では、有酸素運動と筋トレを同時期に行うと筋力の向上幅が小さくなる(干渉効果)と報告されたため、「有酸素運動は筋肥大の敵」と長らく考えられてきました。
しかし最新のメタ分析研究では、この干渉効果は当初考えられていたほど大きくないことが示されています。43件の研究をまとめた2021年の系統的レビューによると、有酸素運動を筋トレと並行して行っても、筋肉のサイズ(筋肥大)の向上幅は筋トレ単独の場合とほぼ変わらなかったといいます。
むしろ一部の条件下では、有酸素運動の併用が筋肥大を促進する可能性さえ報告されています。実際、有酸素運動によって筋への血流が増えたり筋持久力が向上したりすることで、筋タンパク質合成が高まり、結果的に筋肉の太さが増す場合もあるのです。
要するに、「適度な有酸素運動」それ自体は筋肉量の減少を直ちに招くものではないというのが現在の科学的コンセンサスです。
運動の種類・時間・強度による筋肉への影響
とはいえ、有酸素運動のすべてが筋肉に無害というわけではありません。その影響の程度は、運動の種類・持続時間・強度によって異なります。
一般的な傾向として、短時間・高強度の有酸素運動(例:20~30分程度のインターバルトレーニングやスプリント)は、長時間・低~中強度の運動(例:数時間にわたるゆったりとしたランニングやサイクリング)と比べて、筋肉量に与える直接的な悪影響が少ないと考えられます。
高強度のインターバル走などは速筋線維も動員するため、ある程度の筋力・筋量維持に役立つ場合があります。
一方、ゆっくり長く走る・漕ぐといった運動では主に持久系の遅筋線維が使われ、筋肥大の刺激としては弱い傾向があります。そのためエネルギー消費だけが大きく、栄養補給が不十分な場合には筋肉の分解が進みやすいのです。
運動時間の違いについても見てみましょう。おおよそ30分程度の中等度の有酸素運動であれば、筋タンパク質の分解は適切な食事条件下では最小限で、むしろ前述のように筋持久力の向上や毛細血管の発達などプラス効果があります。
しかし、これが1時間、2時間と長くなるにつれて、徐々にエネルギー枯渇によるカタボリック(分解)状態に傾きやすくなります。
3~4時間に及ぶような長時間の持久運動(例えばマラソン大会に向けたロングランや長距離サイクリング)では、筋肉中のグリコーゲン(糖質エネルギー)が枯渇し、身体がエネルギー源として筋肉中のアミノ酸を使い始めるリスクが高まります。
このような場合、適切に対策しないと筋肉量の減少につながりかねません。
また運動強度も鍵です。低~中強度でダラダラ長く続けるよりも、高強度の運動を短時間で切り上げたほうが筋肉への刺激効率は高く、分解のリスクも少なくて済みます。
ただし高強度運動は疲労も大きいため、頻度とのバランスが必要です。例えば週に数回、心拍数をしっかり上げる有酸素運動を20~30分行う程度であれば、筋肥大への悪影響はほぼ無視できるどころか、筋肉の持久力向上によってトレーニング全体の質が高まる可能性もあります。
実際、米国のフィットネスガイドラインで推奨されている「週150分程度の中強度有酸素運動(もしくは週75分の高強度有酸素運動)」という一般的な運動量は、筋力・筋量増加への妨げにならないことが専門家から指摘されています。
一方で、週に何十キロも走るマラソントレーニングや毎日の長時間サイクリングのように、有酸素運動の量が非常に多くなると話は別です。筋肥大を目指しながらマラソン大会に向けた高ボリュームの耐久トレーニングをする場合と、健康維持のために週2回5km程度ジョギングする場合とでは、筋肉量への影響は大きく異なるでしょう。
要は運動量の過度な積み重ねがあると、筋肉の回復が追いつかずに分解が上回ってしまうことがあるのです。
さらに付け加えれば、有酸素運動の種目の違いも多少影響します。
例えばランニングやジャンピングなど自重負荷のかかる運動では、脚部にある程度の筋刺激が入りますが、自転車や水泳のように体重をあまり支えない運動では筋への機械的刺激は少なめです。
そのため、同じ時間運動しても、ランニングのほうが脚の筋肉維持には有利かもしれません。
一方で、自重負荷の運動は衝撃もあるため疲労が蓄積しやすく、場合によっては筋肉の分解ホルモン(コルチゾル)の分泌増加につながる可能性があります。
こうした種目特有の特性も踏まえ、自分に合った有酸素運動の種類と強度・時間を選ぶことが大切です。
筋肉減少を防ぐための工夫とポイント
長時間の有酸素運動でも筋肉量の減少をできるだけ防ぐには、栄養管理とトレーニング計画の工夫が重要です。以下に具体的なポイントをまとめます。
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十分なエネルギー・タンパク質補給
有酸素運動前後だけでなく途中の栄養補給も検討しましょう。
特に90分を超えるような長時間運動では、炭水化物(糖質)の補給が必須です。エネルギー源が枯渇すると筋肉の分解が進むため、スポーツドリンクやエナジージェルなどで糖質を摂取しながら行うと良いでしょう。
また、運動前に消化に問題がなければ適量のプロテインやアミノ酸を摂取しておくと、運動中の筋分解を抑制できる可能性があります。
実際、「長時間の持久運動の前後または途中にタンパク質を摂取すると、筋タンパク質の分解を抑え合成を促進する」という報告もあります。運動後はできるだけ早めにタンパク質と炭水化物を含む食事を摂り、損傷した筋繊維の修復とグリコーゲンの回復を図ってください。
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筋トレとの併用(コンカレントトレーニング)
有酸素運動ばかりを行うのではなく、筋力トレーニングを週に2回以上取り入れることで筋肉への刺激を保ちましょう。
筋トレは筋肉に「成長せよ」という直接の信号を与えます。仮に有酸素運動で多少の筋分解があっても、定期的な筋トレと十分な栄養により、その分を上回る合成が促されればトータルで筋肉量は維持・向上できます。
また有酸素と筋トレを同じ日に行う場合、順番や間隔にも気を配りましょう。一般には筋トレと有酸素は別々の日に分けるか、同じ日に行う場合でもできるだけ間隔を空ける方が望ましいとされています。
ある研究では、筋トレと有酸素運動を6時間以上離して実施すれば、同一セッション内で連続して行うよりも筋力・パワーへの干渉が少ないと報告されています。
先に激しい有酸素運動を長く行ってしまうと、その直後の筋トレで高いパワーを発揮できず筋刺激が十分得られない恐れがあります。
逆に筋トレ直後のヘトヘトな状態で長距離走に出てもフォームが乱れ怪我につながりかねません。自分の主目標が筋力・筋肥大なのか持久力なのかを踏まえ、トレーニングの順序や日程を工夫するとよいでしょう。
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休養と睡眠の確保
有酸素運動と筋トレの両立にはリカバリー(回復)も不可欠です。
高負荷の持久運動を行うと筋肉に微細な損傷が蓄積し、疲労物質も溜まります。この状態で休養を怠れば筋肉の回復・成長が追いつかず、結果として筋肉量が減少する可能性があります。
睡眠は最も重要な回復手段の一つで、成長ホルモンの分泌も促して筋修復を助けます。
週単位・月単位で見ても、軽い運動日と強度の高い運動日、完全休養日をバランス良く配置し、過度なオーバートレーニングに陥らないよう注意してください。
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体重・体脂肪のコントロール
ダイエット目的で有酸素運動をする場合、急激にカロリー制限をして体重を落とそうとすると筋肉も落ちやすくなります。
特に高齢者や元々筋肉量が少ない人では、無理な減量は筋力低下を招き健康を損なう恐れがあります。
減量中でも筋肉をなるべく保持するために、上記のような筋トレ併用やタンパク質摂取増加が有効です。また減量ペースを緩やかに設定し、体脂肪だけを優先的に減らすよう心がけましょう。
一般人・アスリート・高齢者:立場別の注意点
有酸素運動による筋肉への影響と対策は、目的や身体条件によって異なるため、一般のフィットネス愛好家、競技アスリート、高齢者それぞれの立場で考えてみましょう。
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一般の人の場合
健康増進や軽いダイエット目的で運動する一般の方であれば、週に数回・1回30分~1時間程度の有酸素運動は筋肉量減少を過度に心配する必要はありません。
むしろ心肺持久力が向上し、日常生活や他の運動で疲れにくくなるメリットがあります。
ただしダイエットで食事制限を伴う場合は、筋肉も落ちやすくなるため筋トレの併用や高タンパク質食を意識しましょう。筋トレを並行して行えば少ない運動量でも筋肉への刺激が維持でき、基礎代謝の維持にもつながります。
また、有酸素運動ばかりではなく全身の主要筋群を鍛える筋トレ(自重スクワットやダンベル運動など)も週2回以上取り入れると、将来的な筋力低下の予防になります。
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持久系アスリートの場合
マラソンやロードバイク競技など持久系スポーツのアスリートは、トレーニングで長時間の有酸素運動を行うため、エネルギー不足による筋肉分解に特に注意が必要です。
競技パフォーマンスを最優先すると体重を絞る傾向がありますが、減量し過ぎるとパワー低下や怪我のリスクも増します。
トップレベルの持久系アスリートでも、筋力維持・パワー向上のため定期的に筋力トレーニングを取り入れているケースが一般的です。筋肉量は競技特性に合わせて最適化すべきで、必要以上に落としすぎないよう注意します。
一方、パワー系・筋力系のアスリート(ウェイトリフティングやスプリント種目など)は持久的な長時間走をほとんど行いません。
もし筋力系競技者が心肺フィットネス向上のために有酸素運動を行う場合でも、短時間のインターバルトレーニングや低強度の軽いジョギング程度に留め、筋肥大への干渉が最小になるよう配慮しています。
アスリートはいずれの場合も、自分の競技パフォーマンスを最大化しつつ筋肉量を適切に維持するため、トレーニング内容と栄養(特に試合期のカーボローディングやリカバリー食)を戦略的に計画しています。
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高齢者の場合
加齢に伴う筋肉量・筋力の低下(サルコペニア)は、健康寿命を縮める大きな要因です。
高齢者にとって有酸素運動は心肺機能の維持・向上や生活不活発の防止に重要ですが、筋肉を維持・向上するにはレジスタンス運動(筋トレ)との併用が不可欠です。
例えば、高齢の肥満者が減量目的で有酸素運動だけを行うと、筋肉もかなり落ちてしまうことが報告されています。
一方、筋トレを組み合わせれば筋力向上や骨密度維持にも効果があり、歩行能力など日常動作の改善につながります。
高齢者は若年者に比べて回復に時間がかかるため、運動後の栄養補給(特にタンパク質摂取)と休養をより意識する必要があります。
また膝や腰への負担を考慮し、ウォーキングや水中運動、自転車エルゴメーターなど関節に優しい有酸素運動を選ぶのも一案です。有酸素運動自体にも筋肉の持久力維持や筋細胞の代謝機能改善といったメリットがありますので、それらを活かしつつ、週に1~2回でも構わないので自重またはマシンによる筋力トレーニングを取り入れることで、筋肉量の維持・向上を図りましょう。
まとめ
30分~4時間程度の有酸素運動が筋肉量に与える影響について、最新の知見を踏まえて解説しました。結論として、適度な有酸素運動は一般人の健康増進にもアスリートのトレーニングにも有益であり、適切に栄養管理と併用トレーニングを行えば筋肉量の大幅な減少を招くことはありません。
むしろ有酸素運動は毛細血管の発達やミトコンドリア機能の向上を通じて筋肉の持久的な能力を伸ばし、全身のコンディションを整える重要な要素です。
一方で、極端に長時間・高頻度の持久運動を行う場合や、不十分な栄養状態で運動を続ける場合には、筋肉の分解が進み筋量低下につながり得ることも事実です。
そのため、特に長時間の有酸素運動を習慣的に行う方は、上記で述べたような栄養補給や筋トレ併用などの工夫を凝らし、筋肉の維持に努めてください。
最後に強調したいのは、筋肉と持久力のバランスです。筋肉量を維持・向上しながら心肺持久力も高めることは十分可能であり、両者をバランスよく鍛えることで総合的な体力と健康レベルが向上します。
一般の方は健康寿命の延伸、アスリートは競技パフォーマンスの向上、高齢者は自立した生活の維持という観点で、有酸素運動と筋トレを上手に組み合わせましょう。
最新の研究から得られた正しい知識を持っていれば、「有酸素をやりすぎると筋肉が落ちる」といった過度の心配にとらわれず、安心して運動に取り組めるはずです。
参考文献
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