ショートスリーパーとはなにか。医学的定義から健康リスクまで
現代社会では「もっと睡眠時間を減らせたら、好きなことに費やせる時間が増えるのに」と考えたことがある人も多いでしょう。
実際、歴史上の偉人や一流の経営者の中には非常に短い睡眠時間しか取らなかったと語られる人物もいます。
しかし、「ショートスリーパー」と呼ばれる短時間睡眠者は本当に誰でも目指せるものなのでしょうか?
本記事では、ショートスリーパーの医学的・科学的な定義から、有名な実例、提唱されている短眠メソッド、その方法や健康への影響、そして子どもや妊娠中の女性の場合、さらには睡眠時間とパフォーマンスの関係まで、最新のエビデンスを基に幅広く解説します。
ショートスリーパーの医学的定義:自然短眠者と「習得型」の違い
「ショートスリーパー(短時間睡眠者)」とは、一晩の睡眠時間が6時間未満にもかかわらず、日中に強い眠気や機能低下が現れず健康を維持できる人のことを指します。医学的に“真の”ショートスリーパーとみなされるには、いくつか厳格な条件があります。
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自然に短時間で目覚める
毎朝目覚まし時計なしで短時間(6時間未満)の睡眠で自然に目が覚め、日中に眠気や注意力低下が起こらない。
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休日も同様
平日だけでなく休日も同じくらいの短時間睡眠で自然に起きてしまい、短眠であることが本人の努力や生活環境によるものではない。
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疾患や薬剤の影響ではない
双極性障害などの病気や服薬の副作用で短くなっているのでもなく、純粋に体質として睡眠が短い。
このような条件に当てはまる真のショートスリーパーは非常に稀であり、全人口の数万分の一程度(10万人に4人程度)とも報告されています。
生まれつきの短時間睡眠体質は遺伝的素因が大きいと考えられており、近年カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究チームはショートスリーパー固有の遺伝子変異を相次いで発見しました(2009年にDEC2遺伝子変異、2019年にADRΒ1遺伝子変異など)。
これらの変異を持つ人は脳が覚醒しやすく長時間活動的でいられるとされ、実験では変異マウスが極端に短い睡眠時間と高い覚醒性を示しています。
一方、「睡眠時間が単に短い人」すべてがショートスリーパーかというとそうではありません。
医学的には「短時間睡眠でも平気な体質」と「努力や事情で睡眠時間を削っているだけの人」を厳密に区別しています。
例えば以下のような違いがあります。
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真のショートスリーパー(自然短眠者)
遺伝的背景による先天的な短眠体質。日中に眠気やパフォーマンス低下が全く現れない。
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努力型の短眠者
仕事や勉強、趣味のために意図的に睡眠時間を減らしている人。体は慢性的な睡眠不足状態にありながらも慣れによって自覚しにくくなっている場合が多い(疲労は蓄積している)。
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睡眠不足の人
睡眠したい欲求はあるのに確保できていない人(多忙や生活習慣の乱れ)や、睡眠障害を抱える人。日中の強い眠気や作業効率低下など明確な支障が出る。
要するに、真のショートスリーパーは「先天的な体質」であって、後天的な訓練で誰もがなれるものではないというのが医学界での定説です。
実際、厚生労働省の「国民健康・栄養調査」(令和元年)によれば、平日の睡眠時間が6時間未満の日本人は男性37.5%、女性40.6%にも上りますが、その大半は忙しさや生活上の理由、あるいは不眠症など何らかの問題で「短くなってしまっているだけ」と考えられます。
本人が「ショートスリーパーになりたい」と努力して短眠を続けても、多くは単に睡眠不足に適応しているに過ぎず、心身には疲労が蓄積していくのです。
有名なショートスリーパーの実例。歴史上の人物から現代の著名人まで
「歴史上の偉人にはショートスリーパーが多い」という話はよく耳にします。たしかに、Napoleon(ナポレオン)やThomas Edison(トーマス・エジソン)、Leonardo da Vinci(レオナルド・ダ・ヴィンチ)など、睡眠時間が非常に短かったとされる人物がいます。
以下にいくつか具体例を紹介しましょう。
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ナポレオン・ボナパルト(フランス皇帝)
夜間わずか3時間しか眠らなかったことで有名です。活動時間を増やすため意図的に睡眠を削っていたとも言われ、「足りない分は馬上や会議の合間に仮眠で補っていた」という逸話もあります。実際、昼間に短い仮眠をとる多相性睡眠で睡眠時間を分散していた可能性が指摘されています。夜の睡眠だけ見ると超短眠ですが、断片的にも睡眠を積み重ねていたため、真のショートスリーパーと断言できるかは議論があります。
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トーマス・エジソン(発明家)
自称「4時間以上眠ると気分が悪い」というほどの短眠家で、通常は4時間以下の睡眠だったと言われます。もっともエジソンもナポレオン同様に頻繁に昼寝をしていた記録があり、1回1~2時間の仮眠を複数回とって睡眠不足を補っていたようです。つまり「一度に続けて4時間以上は眠れない」という意味だった可能性があり、昼寝を含めた総睡眠時間ではそこまで極端に短いわけではなかったと考えられます。
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レオナルド・ダ・ヴィンチ(芸術家・発明家)
驚異的な「1日90分睡眠」の逸話で知られています。4時間ごとに15分ずつ眠るという超多相性睡眠(いわゆる「ダヴィンチ睡眠法」)を実践していたとも言われます。これが事実ならば一日合計90分という極端な短眠ですが、実際には15分の睡眠はあくまで一時的な仮眠(パワーナップ)に過ぎず、健康に影響なく過ごせたのか疑問視されています。現代の睡眠科学的には、15分程度の仮眠で疲労回復効果はあっても、それのみで連日生活するのは非現実的と考えられます。
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マーガレット・サッチャー(英国元首相)
毎晩4時間しか眠らなかったことで有名です。「鉄の女」と呼ばれた彼女は在任中の多忙なスケジュールを短い睡眠で乗り切ったと言われます。同じく政治家では米国前大統領のドナルド・トランプ氏も「自分は1日3~4時間眠れば十分だ」と公言し話題になりました。
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明石家さんま(日本の国民的お笑いタレント)
日本に目を向けると、さんまさんは平均3時間睡眠で知られます。若い頃からずっとそのペースで「全く支障がない」と本人も語っており、周囲の人ですら彼が寝ている姿を見たことがないほどだそうです。もし本当に仮眠も取らず3時間で日常生活を送れているなら、極めて稀なショートスリーパー体質と言えます。ただし真偽は不明で、「どこかで居眠りしているのでは?」という噂もあります。
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その他の現代日本の短眠家
タレントの武井壮さん(百獣の王で知られる元陸上選手)は1日5時間未満の短い睡眠でトレーニングと仕事を両立していると語っています。
また人気歌手のGACKTさんや、漫画『ドラゴンクエスト』の生みの親である堀井雄二さんも短時間睡眠者として知られています。
世界的企業のトップでは、テスラCEOのイーロン・マスク氏は睡眠時間約6時間とやや短めですが、その代わり睡眠の質を高める工夫(就寝数時間前からカフェインを控える等)を徹底し、日中のパフォーマンスを維持しているそうです。
一方でAmazon創設者のジェフ・ベゾス氏やMicrosoft創業者のビル・ゲイツ氏は毎晩7~8時間の睡眠を確保しており、十分に寝ることが成功の秘訣だと述べています。このように、成功者=ショートスリーパーとは限らないのも興味深い点です。
以上のような例はあくまで一部で、多くの偉人伝説は誇張や神話化されている可能性があります。実際には短眠を公言する有名人でも舞台裏では居眠りや仮眠で補っているケースも多いと考えられます。睡眠時間だけに注目せず、その人の総睡眠パターン(昼寝の有無や睡眠の質)を踏まえることが大切です。
堀大輔氏のショートスリーパーメソッドとは? 賛成と反対の意見
日本で「誰でもショートスリーパーになれる」と主張している人物として有名なのが、堀大輔氏です。
堀氏は「日本ショートスリーパー育成協会」の代表理事であり、自身も15年以上にわたり1日平均45分ほどの超短眠生活を送っていると公言しています。
著書『できる人は超短眠!』などを通じて、独自の「ショートスリーパー育成メソッド(通称:ホリメソッド)」を提唱しており、有料の指導プログラム「Nature sleep」により2,000人以上の受講者を短眠化させてきたとされています。
堀氏の主張とメソッドの概要
堀氏によれば、ショートスリーパーは才能や遺伝に関係なく、適切な訓練で誰でも何歳からでもなれるといいます。
具体的なメソッドの詳細は有料コンテンツゆえ全ては明かされていませんが、公表されている範囲では次のようなポイントが特徴です。
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段階的な睡眠削減訓練
いきなり極端に減らすのではなく、徐々に睡眠時間を短縮していきます。堀氏自身は7時間睡眠だったのを試行錯誤で7年かけて短縮したそうですが、メソッドを使えば約2ヶ月で安全に短眠を達成可能とうたっています。
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眠気のコントロール
起きている間に眠気が出ないように自律神経を鍛える、短時間睡眠でもスッキリ起きるための起床テクニックなど、科学的データを基に開発したノウハウがあるといいます。
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健康への配慮
堀氏は「短眠にしても寿命が縮まらない理由」を学術的に説明できるとし、受講者にも定期的な健康チェックを推奨するなど、単なる我慢の睡眠不足とは異なると強調しています。
協会の発表では、受講者の約95.2%が睡眠時間の削減に成功し、約88%が訓練結果に高い満足評価をしたとされています。受講者には医師や政治家、小学生まで幅広い層がいるとも宣伝されています。
堀氏の主張に賛同する人々は、「睡眠の常識を覆す革新的メソッドだ」「短眠で得た時間で人生が充実した」といった肯定的な声を上げています。
実際、堀氏の指導で短眠化に成功したとされる人たちの体験談も協会サイトやSNS上で見られます。「朝型夜型の習慣を再編成することで短眠でも快調」「寝すぎの罪悪感がなくなりポジティブになれた」など、ポジティブな報告もあります。
専門家や世間からの批判・懐疑的な見方
しかし、堀氏のメソッドには睡眠医学の専門家や一般の医師から強い疑問の声も上がっています。代表的な批判・懐疑的意見は以下の通りです。
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「誰でもなれる」は遺伝研究と矛盾
前述の通り、最新の科学ではショートスリーパー体質はごく一部の遺伝子変異によると示唆されています。著名な睡眠専門医らは「特殊な遺伝子を持たない普通の人がショートスリーパーを目指すことはできない。
無理に睡眠時間を減らそうとすれば、翌日の作業能力は確実に低下し、健康にも悪影響が出る」と警鐘を鳴らしています。実際、5時間睡眠を連日続ける実験では日ごとに作業ミスが増えていったというデータもあり、訓練で睡眠欲求そのものを消せるという根拠は乏しいという指摘です。
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30分睡眠で本当に大丈夫なのか
美容外科医の高須幹弥医師が自身のYouTubeで堀氏と対談した際には、「本当に1日30分だけの睡眠で疲労物質の除去ができるのか?」と根本的な疑問を投げかけました。
脳は起きている間に老廃物が溜まり、睡眠中にそれを排出・回復しますが、30分という短時間では深い睡眠もREM睡眠も十分取れず、科学的に見て生理的な回復は不可能ではないかという批判です。
また高須医師は「堀さんの起きている時間の大半が眠気対策に費やされているように見える」とも述べ、結局は「寝ないように頑張っているだけ」に過ぎないのではとの辛辣なコメントもしています。
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信頼性と実態への疑念
ネット上では堀氏に対する様々な検証が行われています。例えば「ライブ配信中に堀氏が ‘自宅で気絶してしまった’ と漏らした」という発言が取り沙汰され、「それも睡眠時間に含めるのか?」とのツッコミがなされたこともあります。
また堀氏がテレビ出演した際の挙動から「まぶたの動きが明らかに睡眠不足の人のそれだ」「目が落ちくぼんでいる」といった身体的な状態を指摘する声もありました。さらに、堀氏の主張する実績数や統計に対して「客観的な第三者評価がなくバイアスがあるのではないか」との疑問も出ています。
要するに、堀氏のメソッドは熱心な支持者がいる一方で、医学的な裏付けや第三者検証が十分ではなく、真偽不明な部分が多いというのが現状です。
堀氏自身は批判に対し「短眠を無理に押し付けるものではない。睡眠に悩む人の選択肢を提供しているだけ」と釈明していますが、現時点で主流の睡眠研究者の間では懐疑的な見解が優勢と言えます。
ショートスリーパーになる方法や訓練の実際(多相性睡眠など)
「努力でショートスリーパーになるのは難しい」とはいえ、世の中には睡眠時間を削ってでも人生の時間を増やしたいと考える人が一定数います。
そうした人々の間で試みられてきたのが、特殊な睡眠パターンの導入や睡眠のトレーニングです。その代表例が「多相性睡眠(ポリフェーズ睡眠)」と呼ばれる手法でしょう。
多相性睡眠とは
多相性睡眠とは、1日を通して睡眠を複数回に分散させる睡眠スタイルです。
人間は通常、夜にまとめて眠る「単相性睡眠」をとりますが、動物界では1日に何度も小刻みに眠る種も多く、新生児も多相性のパターンで眠ります。
歴史的には、人工照明のない時代の人間も真夜中に一度起きる「二相性」の睡眠をしていたという報告もあります。
多相性睡眠にはいくつかの極端な実践例が知られています。
例えば、「Uberman(ウーバーマン)法」では4時間ごとに20分ずつ眠る(1日合計2時間)、「Everyman(エブリマン)法」では3時間のコア睡眠+3時間おきの20分昼寝など、いくつかバリエーションがあります。
これらは主に海外のハッカーや実験精神の旺盛な人々が試し、一時期ネット上で話題になりました。狙いとしては、睡眠を細切れにして総睡眠時間を圧縮し、その代わり頻繁な仮眠で眠気をリセットするというものです。
レオナルド・ダ・ヴィンチの90分睡眠伝説も、15分睡眠×6回という点でUberman法に近いものがあります。他にも発明家の二コラ・テスラが「1日2~3時間しか寝なかった」とか、画家のサルバドール・ダリがスプーンを持ったままウトウトしてアイデアを得た(マイクロナップの活用)など、創造性を高めるために睡眠を工夫した逸話は枚挙にいとまがありません。
多相性睡眠の効果とリスク
結論から言えば、多相性睡眠で劇的に睡眠効率が上がるという科学的証拠は見つかっていません。
一部の人々が「多相睡眠によって睡眠の質が向上し総時間も短縮できた」と主張していますが、それらはあくまで個人の感想レベルであり、裏付けとなる客観的データはありません。
むしろ専門家は、過度な分割睡眠は心身への悪影響が懸念され推奨できないとしています。
例えば複数の研究を分析したレビュー論文では、「多相性睡眠を続けると気分の悪化や抑うつ傾向の増大が見られた」という結果が報告されています。
現実問題として、多相性睡眠は現代の社会生活と相性が悪い点もデメリットです。昼夜問わず数時間おきに睡眠を取るとなると、通常の勤務時間や学校生活と両立するのは困難です。
睡眠サイクルが細切れになることでホルモン分泌や体内時計のリズムが乱れ、消化管の活動や代謝にも影響が出る恐れがあります。
総睡眠時間さえ確保されていれば理論上は足りるはずですが、人間の場合は連続した深い睡眠(特にノンレム睡眠)をある程度まとめて取ることが重要であり、極端に分割すると睡眠の質が下がる可能性があります。
もっと穏やかな取り組みとしては、「二度寝」や「シエスタ(昼寝習慣)」などがあります。
例えば夜に5時間、昼に1時間といった二相性睡眠であれば、トータルでは6時間睡眠を維持できます。
実際、夜間睡眠が短い人でも昼に補って総就床時間を確保すると、眠気や注意力の低下が起こりにくいという研究もあります。
昼食後に20~30分の仮眠(パワーナップ)を取ることは、夜の睡眠に悪影響を与えずに午後のパフォーマンスを向上させる有効な手段です。
NASAの研究でも26分間の仮眠でパイロットの作業能力が34%向上したとの報告があり、GoogleやAppleなど多くの企業が社内に仮眠スペースを設けています。
総じて、「誰でも短時間睡眠になれる方法」として世に出ている手法は、慎重に見極める必要があります。
多相性睡眠のように極端なスタイルは現状ではメリットよりデメリットが大きく、どうしても試す場合は健康状態に細心の注意を払いながら行うべきでしょう。
基本は無理に睡眠を削らず、自分に合った睡眠リズムを維持することが最善です。
短時間睡眠が健康に与える影響とリスク
睡眠時間と健康との関係は数多くの研究で調べられてきました。総じて言えるのは、通常の必要睡眠時間より短い睡眠が長期間続くと、様々な健康リスクが高まるということです。
まず死亡リスクについて、大規模な疫学データのメタ解析によれば、1日6時間未満の睡眠習慣の人は十分寝ている人に比べて死亡リスクが有意に高いことが示されています。
一方で9時間以上の過剰な睡眠もリスク上昇と関連するとの報告もあり、適正な睡眠時間(7~8時間程度)が最も死亡リスクが低いU字型の関係が知られています。
生活習慣病やメンタルヘルスへの影響も見逃せません。
慢性的な短眠は、肥満・糖尿病・高血圧・心疾患・脳卒中などの発症率を高める関連が各研究で指摘されています。
例えば5時間程度の睡眠しか取らない人は、7~8時間眠る人に比べ将来うつ病を発症するリスクが3倍以上というデータもあります。
睡眠不足が続くとストレスホルモンや炎症マーカーが上昇し、血糖値の調節が乱れたり免疫力が低下したりするため、様々な慢性疾患の誘因となると考えられています。
また近年注目されるのは、睡眠不足が子どもの発達や中高年の認知症リスクに与える影響です。
ある論文では、日本で増加している発達障害やうつ症状について、幼少期からの慢性的な睡眠不足との関連が示唆されました。
さらに働き盛り世代(20~60代)における短い睡眠時間が、その後の認知症の発症・悪化を誘発する可能性も報告されています。
充分な睡眠は脳内の老廃物(ベータアミロイドなど)を除去し記憶を整理する役割があるため、慢性的な短眠は長期的な脳の健康に悪影響を及ぼしかねないのです。
見た目や活力面でも短眠のデメリットが指摘されています。
睡眠不足が続くと肌のハリ・ツヤが失われたり、表情や動作に活気がなくなり周囲に老けた印象を与えやすくなるとの報告があります。実際に睡眠時間が短い人ほど自身で感じる「主観的年齢」が高く(実年齢より老けて感じる)なるという研究もあります。
よく「美容のためには睡眠が大事」と言われますが、科学的にも睡眠中に成長ホルモンが分泌され細胞修復が行われるため、慢性的な短眠は老化の促進につながる可能性があります。
以上は「先天的な短眠体質ではない人」が無理に睡眠を削った場合に当てはまるリスクです。
真のショートスリーパーの場合、短い睡眠でも体が必要十分な休息を得られているため、これらの健康リスクが高まらない可能性があります(実際、遺伝的ショートスリーパーの人々は極端に短い睡眠でも健康を損なわないことが報告されています)。
ただし一般の人が「自分は平気」と思い込んで睡眠不足を続けると、知らず知らずのうちに健康を害する恐れが大きい点は強調しておきます。
子どもや妊娠中の女性にとってショートスリープは是か非か
成長期の子どもや妊娠中の女性の場合、ショートスリーパー的な短時間睡眠は基本的に勧められません。
それどころか、これらの時期にはむしろ通常以上に十分な睡眠が必要だとされています。
子どもの場合
子ども(特に幼児から高校生くらいまで)は脳と体が発達する重要な時期であり、各年代に応じた推奨睡眠時間があります。
一般に、新生児なら1日14~17時間、学童期でも9~11時間、ティーンエイジャーでも8~10時間程度の睡眠が望ましいとされます。
十分な睡眠を取った子どもは成長ホルモンの分泌が良好で、記憶の定着や学習能力、感情の安定において有利です。
逆に子どもの慢性的な睡眠不足は、学業成績の低下や注意力・集中力の欠如、問題行動の増加と関連する研究が多くあります。
例えば2017年の研究では、大学生を対象に睡眠パターンを比較したところ、合計睡眠時間が同じでも夜にまとめて寝ず分割睡眠をしていた学生のほうが成績が低下していたという結果が報告されています。
子どもの場合、大人以上に脳が睡眠の影響を受けやすく、十分寝ていないと注意欠陥(ADHD様の症状)や情緒不安定さが顕著になるケースがあります。
さらに重要なのは、睡眠不足の子どもは肥満になりやすいとの知見です。
慢性的短眠は食欲を増進させるホルモンバランスの乱れ(レプチン減少・グレリン増加)を招き、夜更かしで夜食をとりやすいことも相まって、肥満や生活習慣病予備群になるリスクが高まります。
発達途上にある子どもの体に過剰な負担をかけないためにも、成長期にはしっかり寝ることが何より大切です。
もちろん、稀に子どもでも真のショートスリーパー体質と思われる例はあります。
実際、真のショートスリーパーは子どもの頃から同年代より睡眠時間が短いという特徴が知られています。
そうした子は朝すっきり起きて日中も眠くならないため心配いりませんが、そのようなケースは極めて少数です。ほとんどの子どもは睡眠不足になればすぐパフォーマンスが落ちますので、「勉強のために睡眠を削る」のは逆効果と言えるでしょう。
妊娠中の場合
妊娠中の女性の体は、胎児の成長と母体の維持のために平時以上のエネルギーと休息を必要とします。
特に妊娠初期と後期は強い眠気を感じる人が多く、それは体が「もっと休め」という信号を出しているとも考えられます。
妊婦が慢性的に睡眠不足に陥ることは、母体および胎児双方に望ましくないとする研究が増えてきました。
具体的なリスクとしては、妊娠中の短い睡眠時間が妊娠合併症の発症率を高める可能性があります。
例を挙げると、妊婦で平均6時間未満しか眠らない人は、妊娠糖尿病になるリスクが有意に上昇するとのメタ解析結果があります。妊娠糖尿病は母体の血糖コントロールが乱れる状態で、高血圧や巨大児の出産、将来的な2型糖尿病リスク増大などにつながります。
また妊娠高血圧症候群(高血圧や蛋白尿を呈し重篤だと子癇発作を起こす疾患)も、睡眠障害や睡眠不足と関連性が示唆されています。
睡眠時無呼吸症候群のように睡眠中の呼吸が乱れる状態だと、胎盤への血流が低下し母体の血圧が上昇しやすくなります。
これが重篤化すると胎児の発育不全や早産、最悪の場合は子宮内胎児死亡などの危険を伴います。
実際、睡眠の質が悪い妊婦ほど子癇前症(重度の妊娠高血圧)を発症しやすいとの研究報告もあります。
加えて、睡眠不足の妊婦は分娩時の陣痛に対する耐性が下がり、分娩時間が延長する傾向も指摘されています。
極端な話ですが、妊娠後期に1日5時間未満の睡眠しか取れていなかった女性は、正常な睡眠を確保していた女性に比べ、予定日直前での自然陣痛が起こりにくく帝王切開率が上がったというデータもあります。
以上のことから、妊娠中はできるだけ十分な睡眠を取ることが推奨されます。ホルモン変化やお腹の重さで眠りづらい場合もありますが、日中に短い仮眠を取り入れる、就寝前にリラックスする、寝室環境を整えるなどして、少しでも睡眠不足を解消する工夫が必要です。
ショートスリーパー体質の妊婦というのは聞いたことがありませんし、妊娠中に敢えて睡眠を削るメリットは皆無と言ってよいでしょう。
睡眠時間と認知・身体パフォーマンスの関係
睡眠時間は私たちの脳の認知機能や身体パフォーマンスに直結しています。
十分に眠った翌日は頭が冴えて体も軽い一方、睡眠不足の翌日は集中力が落ち、判断ミスや反応の鈍さを実感した経験が誰しもあるでしょう。
科学的研究でも、睡眠時間の長短が記憶力・注意力・反応速度・判断力・運動能力などに与える影響が数多く報告されています。
認知機能(記憶・集中・判断など)への影響
睡眠不足は脳の広範な領域の働きを低下させます。
例えば、夜間の睡眠時間を2週間にわたって8時間・6時間・4時間に制限した実験では、6時間以下の群で日中の認知テスト成績が日を追うごとに低下し、最終的に徹夜2晩に匹敵するほどの認知機能障害が生じました。
興味深いのは、6時間睡眠群の被験者は強い眠気を自覚しておらず、「少し眠い程度」と認識していたことです。
つまり、人は慢性的な睡眠不足に陥るとパフォーマンスが落ちていても自覚しにくいため、「自分は大丈夫」と思ってしまいがちなのです。
記憶力に関しては、睡眠中、とりわけ深いノンレム睡眠やREM睡眠の段階で記憶の固定と整理が行われます。
睡眠不足だとこの過程が不十分になり、新しく学んだ情報が長期記憶にうまく定着しません。
また作業記憶(ワーキングメモリ)も睡眠不足で容量が減り、マルチタスク処理や複雑な思考が困難になります。
実験では、一晩徹夜しただけで記憶テストの成績が著しく悪化し、海馬(記憶を司る脳部位)の活動が低下したことがfMRIで確認されています。
さらに、睡眠不足後にまとめて寝直しても完全には回復しない種類の記憶障害も報告されており、「徹夜で失った学習内容は取り戻せない」可能性が示唆されています。
注意力や集中力も顕著に低下します。ちょっとした睡眠不足でも、単調な作業を続けると「マイクロスリープ」と呼ばれる数秒間の微小な眠りが発生し、これがミスや事故につながります。
自動車運転のシミュレーションでは、徹夜明けの被験者はブレーキ反応時間が大幅に遅れ、信号見落としも増えることが確認されています。
別の研究では、たった2時間の睡眠制限でも反応時間の遅延と誤反応の増加が見られました。
つまり判断スピードや正確さが落ちるわけです。仕事や勉強においても、睡眠不足の状態では注意散漫でミスが多くなり、生産性が著しく低下します。
身体パフォーマンス(反応時間・筋力・持久力など)への影響
肉体面でも睡眠時間は非常に重要です。
睡眠中には成長ホルモンの分泌や筋肉・組織の修復が行われるため、睡眠不足だと疲労回復が不完全になり筋力・持久力が落ちます。
研究によれば、一晩の徹夜やそれに近い短眠状態では、瞬発的な運動能力(スプリント走など)のタイムが悪化し、最大筋力も低下することが示されています。
テニス選手を対象にした実験では、睡眠不足の翌日はサーブの正確性が最大50%以上も低下していました。
反応時間の遅延もスポーツでは致命的です。大学生アスリートを対象とした調査で、慢性的に睡眠が不足している選手はそうでない選手に比べ敏捷性や反応の俊敏さで劣る傾向が確認されました。
また疲労の早期出現も問題です。ランナーやバレーボール選手での研究では、睡眠不足時は通常より10%程度早く力尽きてしまう(タイム・トゥ・エグゾースト減少)ことが報告されています。
さらに、慢性的な短眠は怪我のリスクも高めます。
中高生アスリートを対象とした研究では、睡眠時間が十分でない生徒ほど怪我の発生率が高く、特に1日8時間未満の睡眠だとケガ率が大幅増するという結果が得られました。
これはおそらく、睡眠不足で注意力や筋肉の反応が鈍ること、回復不足で身体が脆弱になることが原因と考えられます。
総合すると、睡眠不足は肉体的・精神的パフォーマンスを全方位で損なうと言っても過言ではありません。
たとえ自覚が無くても能力低下は起きていますし、それが累積すると事故や大きな失敗につながる恐れがあります。短時間睡眠でもパフォーマンスが落ちないのは本物のショートスリーパーだけであり、凡人がそれを真似ると代償は非常に大きいのです。
スポーツやトレーニング分野における短時間睡眠のメリット・デメリット
アスリートやボディメイクに励む人にとって、「練習時間を確保するため睡眠時間を削る」という誘惑があるかもしれません。
では、トレーニング分野でショートスリープを実践するメリット・デメリットは何でしょうか。
メリット(と思われるもの)
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練習・活動時間の確保
短く眠ればその分長く起きていられるため、理論上は練習時間や仕事時間を増やせます。例えば1日2時間余分に起きていれば週14時間、年間で約728時間も追加でトレーニングに充てられる計算です。トップアスリートの中にはストイックに朝晩2部練習をこなす人もおり、時間を生み出せる短眠は一見魅力的に映るでしょう。
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精神的な優位性(?)
極端な短眠を達成すると、「自分は他人よりストイックにやれている」「睡眠に支配されない強靭な精神を持っている」といったある種の高揚感や自信が得られるという声もあります。実際、ショートスリーパーを公言する一部の起業家などは「寝ない自分」に誇りを感じているようです。ただしこれは客観的なパフォーマンス向上ではなく主観的な満足に過ぎない可能性があります。
結局のところ、ショートスリープのメリットは「時間が増える」ことくらいしかありません。
そしてその時間増加もパフォーマンス低下や健康悪化という代償と表裏一体です。スポーツや筋力トレーニングは質の高い休息とセットで効果が出るものですから、睡眠を犠牲にして延長した練習が本当にメリットになるかは疑問が残ります。
デメリット
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回復不足によるパフォーマンス低下
運動後の身体は筋繊維の微細損傷やエネルギー枯渇状態にあり、十分な睡眠によって修復・補充されます。
短眠だとその回復プロセスが不完全になり、翌日のパフォーマンスが落ちる恐れがあります。
実際、睡眠時間を増やしたバスケットボール選手はスプリント速度やシュート成功率が向上したというスタンフォード大学の研究があります。逆に睡眠不足時のテニス選手はサーブの正確さが激減したり、ランナーがいつもより早くバテてしまうデータも示されました。
睡眠は究極のパフォーマンスエンハンサーであり、不足させれば持ちタイムも技術精度も悪化します。
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ケガや病気のリスク増加
前述の通り、短眠はスポーツ障害のリスクファクターです。
練習中の集中力が落ちれば事故的なケガも増えるでしょうし、疲労が抜けきらないまま動けば肉離れや関節炎を起こしやすくなります。また睡眠不足は免疫力を低下させ、風邪やインフルエンザに罹りやすくなります。
試合前に体調を崩すことほど無念なことはありません。睡眠を削ることは身体を危険にさらすことでもあります。
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筋肥大・体力向上の阻害
筋肉を大きくしたり持久力を高めたりするには、トレーニングで与えた刺激に対し、十分な栄養と休息で超回復させる必要があります。
睡眠中に分泌される成長ホルモンは筋タンパク合成を促進し、脂肪燃焼も助けます。短眠ではこれらのホルモン分泌周期が乱れ、筋肉の成長が妨げられる可能性があります。
実際、筋トレ愛好家の間では「筋肉はジムではなく寝ている間に成長する」と言われるほどで、プロボディビルダーはしっかり睡眠を取ります。
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メンタル面への悪影響
睡眠不足はイライラや不安感を増幅させ、メンタルの安定を損ないます。
競技においてメンタルは極めて重要で、集中を欠いたり気持ちが切れると途端にパフォーマンスが乱れます。
また意欲やモチベーションの維持にも睡眠は不可欠で、慢性的に寝ていないとトレーニング自体が苦痛になり継続できなくなる恐れもあります。
以上を踏まえると、スポーツ・トレーニングの観点からはショートスリープのデメリットが圧倒的に大きいと言えます。
トップアスリートたちは例外なく睡眠の重要性を説いており、むしろ一般人より長く寝る傾向さえあります。大事な試合前には普段以上に寝溜めしたり昼寝でコンディション調整することも推奨されています。
練習量と同じくらい睡眠も「トレーニングの一部」と考えるのが、現代のスポーツ科学の常識です。
まとめ:ショートスリーパーの真実と睡眠の重要性
ショートスリーパーについて、医学的定義から具体例、方法論、健康影響、年齢や状況別の注意点、パフォーマンスとの関係まで幅広く見てきました。最後にポイントを整理します。
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真のショートスリーパーは極めて稀であり、生まれつきの遺伝的体質によるものです。自分がそうでない限り、無理な睡眠短縮は単なる睡眠不足となります。
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歴史上・現代の有名人にも短眠エピソードは多いですが、鵜呑みにせず裏での仮眠や本人の体質を考慮する必要があります。成功者でも十分睡眠を取っている人は多く、短眠だけが成功の秘訣ではありません。
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堀大輔氏のメソッドのような短眠トレーニングには賛否あります。夢を与える一方、科学的懐疑も強く、現状ではエビデンス不足です。専門家の多くは「睡眠の常識」を覆すほどの根拠は確認できていないとの立場です。
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多相性睡眠など睡眠時間を削る試みはメリットが証明されておらず、下手をすると心身を害します。昼寝を活用する程度なら良いですが、総睡眠時間を大幅に減らすのはリスクが高いです。
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睡眠不足の蓄積は死亡リスクや生活習慣病リスクを高め、メンタルにも悪影響があります。外見の老化を早めるなどデメリットも多岐にわたります。
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子どもや妊婦など睡眠がより大切な人々には、短時間睡眠は絶対に勧められません。成長や胎児の健康のため、むしろ十分すぎるくらいの睡眠を確保すべきです。
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睡眠時間が短いと記憶・注意・反応・判断といった認知機能が軒並み低下し、事故やミスが増えます。当人は慣れて平気だと思っていても客観的にはパフォーマンスが落ちています。
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運動パフォーマンスにおいても、短眠はスピード・正確性・持久力を損ない、ケガのリスクを高めることが明らかです。スポーツでは睡眠も練習と同様に重視すべき要素です。
結論として、「睡眠は削るべきでない」というのが科学的な見解です。
自分個人的な意見としても無理に削りすぎる必要はないと考えます。
個人的なスポーツ・トレーニング・競技生活の中で睡眠時間が短い時期よりも睡眠時間に余裕がある時期の方が圧倒的に集中力・パフォーマンスが高い傾向にあったというのも体感として持っています。
現生人類が誕生して20万~30万年、そこで生まれた睡眠という3大欲求の1つを過度にコントロールするというのもなかなか難しいのではないかというのが個人的な見解です。
勿論、睡眠時間を削ることに関して全否定するつもりも全くなく、人間は環境に対応していく生き物でもあるので、自己責任で周りに迷惑がかからないようであれば、それで幸せになれる方も一定数いらっしゃると思うのでそれはそれでいいと思います。
ただごく一部のショートスリーパー体質の人を除き、私たち凡人にとって最適な睡眠時間を取ることが、結果的に日中の生産性や健康、幸福度を最大化出来ると考えます。
睡眠時間を無理に削るのではなく、自分に合った質の高い睡眠を確保し、覚醒している時間をいかに充実させるかを考える方が建設的と考えます。
参考文献:
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中村真樹監修「ショートスリーパーとは?睡眠時間や健康への影響、睡眠障害などとの違いを解説」アリナミン製薬
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WIRED.jp「短時間睡眠でも健康に影響ない『ショートスリーパー』の遺伝子、米研究者が新たに発見」2019年
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セントラルメディカルクラブ世田谷「短時間睡眠体質のショートスリーパーとは?米研究者が特有な遺伝子を発見」2021年
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BRAIN SLEEP (ブレインスリープ)公式サイト「ショートスリーパーとは?睡眠時間の特徴や偉人・有名人の事例をご紹介」
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ワコール「著名人にはショートスリーパーが多い?」すいみんコラム 2017年
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日本ショートスリーパー育成協会・堀大輔「ショートスリーパー®になる方法!睡眠時間を短くしても寿命が短くならない理由」協会公式サイト
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(高須幹弥医師)「医師・高須幹弥が語る『30分睡眠』の疑問点と堀大輔氏への医学的質問」
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田辺三菱製薬スイミンネット「分割睡眠はできるの!?(多相睡眠に関する解説)」
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Van Dongen et al. “The Cumulative Cost of Additional Wakefulness: Dose-Response Effects on Neurobehavioral Functions and Sleep Physiology from Chronic Sleep Restriction and Total Sleep Deprivation.” Sleep, 2003
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Sleep Foundation “How Sleep Affects Athletic Performance” (2020)
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Sleep Foundation “Sleep and Athletic Performance: Impacts on Physical Performance and Injury Risk” (2021)