世界と日本におけるフィジーク競技の歴史:起源から現在まで

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2025.07.10

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世界と日本におけるフィジーク競技の歴史:起源から現在まで

世界と日本におけるフィジーク競技の歴史:起源から現在まで

世界と日本におけるフィジーク競技の歴史:起源から現在まで

フィジーク競技は、いわゆる「筋肉美」を競うボディコンテストの一種であり、その歴史は世界的なボディビル競技の発展と深く結びついています。

もともとボディビル競技は1940年代後半に国際大会が始まり、1946年にジョー&ベン・ウイダー兄弟がカナダ・モントリオールで創設したIFBB(International Federation of BodyBuilding & Fitness)が世界的な統括団体として発展しました。

IFBBは1965年にプロボディビル最高峰の大会「Mr.オリンピア」をニューヨークで初開催し、以降ボディビル界にとってオリンピアは“筋肉の祭典”とも称される最も権威あるタイトルとなりました。

プロボディビルダーにとってMr.オリンピアでの優勝は「世界一のボディビルダー」の証であり、アーノルド・シュワルツェネッガーをはじめ数々の伝説的選手を輩出してきました。

フィジークカテゴリー誕生の背景と世界的潮流

ボディビル競技は長らく筋肉量とバルクを極める方向で発展してきましたが、2010年代に入り「より一般人に近いスタイリッシュな肉体美」を競う新カテゴリとして“メンズフィジーク”(Men’s Physique)が誕生しました。

これは筋肉の大きさだけでなく、引き締まった体、バランス、美しいVシェイプ(逆三角形の上半身)を重視するカテゴリーです。

IFBBプロリーグにおいてメンズフィジーク部門が初めて導入されたのは2012年頃で、翌2013年のMr.オリンピアで初のメンズフィジーク部門が開催されました。

その記念すべき初代チャンピオンはマーク・アンソニーであり、以降ジェレミー・ブエンディアらが名を連ねて人気カテゴリーとして急成長していきます。

メンズフィジーク誕生の意義

背景には【誰もが憧れるビーチが映える体】を競う場をつくることで、従来のヘビー級のボディビル以外の視野を広げたいという思惑がありました。

筋肉量を抑えボードショーツを着用し競技に出場するこのカテゴリーではボディビルの1カテゴリーとして2013年に正式にデビューし、【初心者でも目標にしやすい体】であることから瞬く間に世界中で人気を博していきました。

大会では上半身裸にサーフパンツを着用し、基本的には正面と背面の2ポーズのみの審査が行われます。

太ももは隠れているためそこまで優先的な審査基準には入らず、肩幅や背中、腹筋の美しさなどのプロポーションが評価の基準になります。

こうしたフィジークカテゴリーの登場により、フィットネス競技は一層多様化しました。IFBBでは2016年にクラシックフィジーク(Classic Physique)カテゴリーも新設され、ボディビルとフィジークの中間的なスタイルを競う場ができるなど、様々な志向の選手が活躍できる環境が整っています。

現在のMr.オリンピア大会では、メンズオープン(従来のボディビル)、212(212ポンド以下級)、メンズフィジーク、クラシックフィジークに加え、女性もビキニやフィギュア、ウィメンズフィジークなど複数のカテゴリーが設定され、“OLYMPIA”はもはや世界最大の筋肉美の総合フェスティバルと言えるでしょう。

IFBB(国際ボディビル・フィットネス連盟)の役割とプロ制度

世界的なフィジーク競技の発展において、IFBBの役割は中心的です。

前述の通りIFBBは1940年代に設立され長年アマチュア&プロ両部門を統括してきましたが、2000年代に入ると組織体制に変化が起こります。

2005年、ウイダー兄弟はIFBB内に「IFBBプロフェッショナルリーグ」を創設し、プロ部門をアマチュア連盟から分離しました。

さらに2017年にはNPC(米国のボディビル団体)会長ジム・マニオンがNPCを世界展開する「NPCワールドワイド」を立ち上げ、IFBBプロリーグ直轄の国際アマチュア路線が確立されます。

これにより、IFBBプロカードを得るための道筋が明確化し、世界各国でプロ資格を懸けた大会(プロクオリファイア)が開催されるようになりました。

プロ制度とは

各国のアマチュア選手権で優勝・上位入賞した者にプロカード(IFBB Pro資格)を与え、プロとして国際大会に出場できる仕組みです。

プロに転向した選手だけが、Mr.オリンピアのような最高峰の大会に出場できます。オリンピアは招待制であり、各プロ大会で好成績を収めポイントを得るか、あるいはオリンピア公式予選大会で優勝するなどの条件を満たした限られたプロ選手しかステージに立てません。

このようにIFBBプロカード取得からオリンピア挑戦へと至る道は、フィジーク競技者にとって「夢の舞台」への階段となっており、各国でプロカードを目指す競争が激化しています。

日本におけるフィジーク競技の黎明期とJBBFの伝統

 

日本に目を転じると、ボディビル競技自体は戦後まもなく伝来し、1955年に「日本ボディビル協会(現・公益社団法人日本ボディビル・フィットネス連盟=JBBF)」が発足しています。

JBBFは日本におけるボディビル大会運営の草分け的存在で、数十年にわたり国内唯一の統括団体として地位を築いてきました。

特筆すべきはJBBFが日本スポーツ協会やJOC加盟を目指す公的団体として、アンチドーピングを厳格に掲げている点です。

実際、JBBFは国内の筋肉系競技団体で唯一JADA(日本アンチドーピング機構)に加盟しており、選手は抜き打ち検査にも対応できるクリーンな競技者であることが求められます。

このため、ドーピング禁止を遵守する「ナチュラル志向」の団体としての伝統と権威を守り続けてきました。

JBBFが長年主催してきた大会と言えば、男子はボディビル選手権が中心でした。2010年頃まで国内の筋肉コンテストと言えばボディビルのみで、広く一般に「筋肉大会=ボディビル」と認識されていたのです。

しかし海外でのフィットネス潮流を受け、JBBFも新たなカテゴリ導入に踏み切ります。女性ではフィギュアやボディフィットネス、ビキニといった部門が順次追加され、そして男性では2014年に初めて「メンズフィジーク」部門の全国大会が開催されました。これが「第1回日本メンズフィジーク選手権」(2014年8月)であり、身長別にクラス分けされた日本初のフィジーク王者が誕生しています。

JBBFがフィジークを導入した狙いは、若年層やライト層の取り込みでした。ボディビルほどの筋量は不要でスタイリッシュな肉体美を競うフィジークは、ジムトレーニング初心者でも目標にしやすく、実際日本でも2015年頃からフィジーク人気が急速に拡大しました。

JBBF主催大会でもフィジーク部門には新人が多数参入し、全国大会はたちまち主要種目となりました。

またJBBFは国際的にはIFBB(※現在のIFBB本部、ラファエル・サントンハ会長が統括するアマチュア連盟)に加盟しており、毎年アジア選手権や世界選手権にも日本代表選手団を派遣しています。

国内で勝ち抜いたフィジーク選手は、日本代表としてIFBBアマチュア世界大会に出場し、優勝すればIFBBエリートプロ資格が与えられる道も用意されています(IFBBは2017年以降、独自のElite Pro制度を開始)。

もっとも、日本国内での知名度や憧れの対象としては、やはりIFBBプロリーグのプロカード取得やMr.オリンピア出場といった夢の方が大きく、JBBFに所属する有望選手がそれを求めて他団体へ移籍するケースも近年増えていきました。

組織運営面では、JBBFは長年トップを務めた青田彰則会長の退任(2021年)後、初の女性会長として辻本俊子氏が就任するなど世代交代が進んでいます(※青田氏はそれ以前の藤原敏男会長の急逝を受け2019年より会長職を引き継いでいました)。

新体制の下、地方大会の活性化や他団体との協調路線など模索が続いており、伝統あるJBBFも時代に合わせた変化を遂げつつあります。

FWJ IFBBプロリーグ日本支部の誕生と革命

一方、日本のフィジーク競技において“革命”的な役割を果たしたのが、IFBBプロリーグと提携する団体「FWJ(Fitness World Japan)」です。

FWJの源流は2013年末~2014年にかけて設立準備が進められたNPCJ(NPC Japan)という団体でした。

もともとNPC(National Physique Committee)はアメリカのアマチュアボディビル連盟で、IFBBプロリーグへの登竜門として機能してきましたが、2010年代半ばから海外展開を始めます。

日本では2014年にNPCJが発足し、当初「USBB」という名称で活動した後すぐNPCJへ改称して全国大会を開催するようになりました。

NPCJは設立当初からIFBBプロリーグへの日本人選手輩出を目標に掲げており、2015年以降メンズフィジークやビキニなどの大会を開催して徐々に認知を広げました。


転機は2017年末のIFBBプロリーグとIFBB本部の決別です。

前述のNPCワールドワイド発足に伴い、NPCJはIFBBプロリーグ唯一の日本支部という位置付けが明確になりました。

しかしNPCJという名称だとNPC本部(米国)と混同されやすく、日本独自のブランド展開にも支障があるため、2020年頃に団体名を「FWJ(Fitness World Japan)」へ改称しています。

現在FWJはIFBBプロフェッショナルリーグに公式加盟する日本で唯一の団体であり、同プロリーグ傘下NPCの国際アマ大会にも所属しています。

そのため日本でIFBBプロカード(プロ資格)を取得するためにはFWJの大会に出ることがほぼ必須となっており、実質的に“オリンピアへの道”を開く日本のゲートウェイとなっています。


FWJの運営には、IFBBプロリーグで活躍したボディビルダーの山岸秀匡選手(日本人初のオリンピア出場プロボディビルダー)や酒井部元行選手が理事・顧問として名を連ねています。

彼らの協力も得て、FWJは国内でプロカード付与大会(プロクオリファイア)やプロ招待大会を積極的に開催。

実際2018年に日本人が初めてIFBBプロリーグのメンズフィジークプロカードを取得しました。

それは田口純平・竹本直人両選手がラスベガス開催のオリンピアアマチュア大会で勝ち取ったもので、長らく「日本人には困難」と言われた壁が破られた瞬間でした。

その後はFWJ主催の国内プロカード選考会でも次々とプロが誕生し、カネキン、JIN(小池友仁)、エドワード加藤といったフィットネス系YouTuber・インフルエンサーとして著名な選手たちが続々とメンズフィジークのIFBBプロ資格を得ています。


FWJの台頭により、日本のフィジークシーンは一気に活気づきました。

FWJ主催大会は年々規模が拡大し、ステージ演出の派手さ、参加選手のレベルや知名度、さらにプロショーの賞金額において「日本一」の盛り上がりと評されています。

有名インフルエンサーが多数出場することが人気急上昇の背景にあり、観客動員やSNSでの話題性も抜群です。

またFWJが毎年開催する「オリンピアアマチュア日本大会」や「ジャパンプロ」「東京プロ」といった国際大会には海外トップ選手も来日し、日本にいながら世界水準の戦いを目の当たりにできるようになりました。

こうした動きは国内のフィットネスブームをさらに加速させ、「プロを目指せる競技」としてフィジークの魅力を高めています。


もっとも、FWJには課題も指摘されています。

その一つがドーピング検査を実施していない点です。

FWJは民間企業(FYカンパニー株式会社)が運営する営利団体であり、JBBFのような公的アンチドーピング機構への加盟資格はありません。

公式には「ナチュラル推奨」を掲げつつ検査がないため、選手の中には薬物使用者も混ざっている可能性があると囁かれています。

その結果、「ナチュラル派のJBBF vs ユーザー(薬物使用)容認のFWJ」という図式で語られることもあります。

もっともFWJの全選手が薬物使用というわけではなく、クリーンに戦う選手も多いのですが、組織としての方針の違いが団体カラーを分けているのは事実です。

ベストボディ・ジャパン:一般層を巻き込んだフィットネスブームの火付け役

フィジーク競技が市民権を得る上で重要な役割を果たしたのがベストボディ・ジャパン(Best Body Japan、略称BBJ)です。

ベストボディ・ジャパンは2012年11月23日に第1回大会が開催され、日本における新しいタイプのボディコンテストとして登場しました。一般社団法人ベストボディ・ジャパン協会の創設者兼代表理事は谷口智一氏であり、2013年には法人化され組織的な大会運営を開始しています。


ベストボディ・ジャパンのコンセプトは一貫して「かっこよく健康的な身体」の美を競うことで、従来のボディビルのように筋肉の大きさやバルクを問わない点が特徴です。

いわばフィットネスモデル系のコンテストの先駆けであり、「美ボディコンテスト」の代名詞的存在とも評されています。

審査基準もユニークで、筋量より健康美やルックス(表情・魅せ方)、ポージングやウォーキングの巧みさ、スリムでバランスの良いスタイルなどが重視されます。

男性も女性もボディビル的な硬いポージングは不要で、笑顔や身のこなし、全身の調和が評価される点で他団体のフィジークとは一線を画しています。

極端な筋肉は求められないため、肩幅や筋肉量といった要素はFWJやJBBFのフィジークほど重要ではなく、むしろ誰もが憧れる引き締まった体型と雰囲気の良さで勝負するコンテストと言えるでしょう。

ベストボディ・ジャパンは黎明期の2010年代前半、まだ国内に競合団体が少なかった時代に台頭し、多くのフィットネス愛好者に大会参加の門戸を開きました。

当初より「初心者でも出場しやすい雰囲気づくり」を重視した大会運びで、年代別・身長別の細かなクラス分けを行い、幅広い層がチャレンジできる場となっています。大会は全国各地で開催され、地方予選を勝ち抜いた選手が毎年秋の日本大会(全国大会)でグランプリを競います。

メディアへの露出効果もあり、ベストボディ・ジャパンは世間一般へのインパクトを与えました。

テレビ番組や雑誌で特集されることで「筋肉ムキムキでなくてもこんな大会がある」と認知され、参加希望者が一気に増えたのです。

さらに有名人の参戦も話題となりました。2021年には歌手の西川貴教さん(T.M.Revolution)が日本大会のモデルジャパン部門で優勝し、他にも俳優の金子賢さん(後述のSSA主宰者)やお笑い芸人のレイザーラモンHGさんなど、多くの芸能人・著名人が競技に挑戦しています。

また、後にIFBBプロとなるエドワード加藤や田口純平、寺島遼といった若手も2014~2015年頃にベストボディ大会で頭角を現しており、BBJでの活躍をきっかけにJBBFやFWJへステップアップするケースも少なくありません。


運営面では、ベストボディ・ジャパンは協会組織として確立されており、ステージ演出や映像・音響などは外部のプロデュース企業が担当して大会を盛り上げています。

さらにJBBFとも協賛関係を結んでおり(選手の相互参加やイベント協力などで提携)、こちらもドーピングは禁止のクリーンな大会として運営されています。

難易度的には筋肉量がものを言うFWJやJBBFに比べれば初心者向きですが、その分「誰でも挑戦しやすいフィットネスコンテスト」として裾野を広げ、日本のフィットネス人口拡大に大きく寄与したと言えるでしょう。

サマー・スタイル・アワード:夏が似合う肉体を競う新興コンテスト

サマー・スタイル・アワード(Summer Style Award、略称SSA)は、2015年に俳優・格闘家である金子賢さんによって創設されたフィットネスコンテスト団体です。

その名の通り「夏が一番似合う男性・女性」を決める大会をコンセプトに掲げており、日焼けした健康的な肉体美を競います。

金子賢さん自身、長年ハードなトレーニングに励み国内外のフィットネス大会に出場・入賞してきた経歴を持ち、自らがプロデューサー・審査員長となって全大会の運営に深く関わっている点が特徴です。そのためSSAのステージングや審査基準には、彼の美意識や経験が色濃く反映されています。

SSAが初開催された2015年当時、すでにベストボディ・ジャパンが人気を博していましたが、SSAはより競技性とエンターテインメント性を両立させた大会として注目を集めました。

世界初の「身長別スタイル対決」を謳い、男女とも身長カテゴリーごとに勝者を決める形式を採用したこともユニークです(背が高い・低い選手それぞれにチャンスを与える狙い)。

さらにSSA独自のプロ制度も設けられており、一定の成績を収めプロ認定された選手のみが出場できる賞金付きのプロ大会を年間数回開催しています。この内部プロ制度により、トップ選手には金銭的報酬やプロ選手としての称号が与えられ、選手のモチベーション向上につながっています。


審査基準の面では、SSAはフィジークカテゴリーもありますが、全体的に「ヘルシーで夏映えするスタイル」を重視する傾向があります。

筋肉のサイズやカットの深さよりも、程よく引き締まりバランスの良い体、そしてビーチに映える爽やかな雰囲気が評価されます。実際、SSAではフィジーク以外に「フィットネスモデル」といった部門も設けられ、ポージングだけでなくモデルウォーキングなどパフォーマンス性も問われます。

金子賢さんの芸能界での経験も活かされ、ショーアップされた大会演出で観客を魅了する大会づくりがなされています。


組織運営において注目すべきは、SSAがJBBFとの協力団体として提携し、アンチドーピングの理念を共有している点です。

2022年7月にはSSAがJBBFや他のフィットネス団体(マッスルゲート、SBCなど)と正式に協力関係を結び、以降ドーピング排除を明文化しました。

このためSSAも基本的にクリーンな競技会として運営されており、検査体制こそJBBFほど厳密ではないものの「薬物使用禁止」の方針を鮮明にしています。

またSSAは国内のみならず韓国でも大会を開催した実績があり(2017年に韓国大会を開催)、近年では金子賢さん自ら海外に赴きSSAのコンセプトを広めようとする動きも見られます。

こうした国際展開の試みはまだ始まったばかりですが、日本発のフィットネスイベントとしてSSAが海外でも知られる存在になる可能性を感じさせます。

日本のフィジークシーンの融合と発展:文化の取り入れと団体間の関係

日本におけるフィジーク競技の普及には、アメリカやヨーロッパのフィットネス文化の影響が大きく関与しています。

戦後米軍基地経由で伝わったボディビル文化は、やがて雑誌や映画を通じて広まりました。1970~80年代にはシュワルツェネッガーの映画や海外ボディビル雑誌が若者に刺激を与え、日本人初のIFBBプロボディビルダーとして中山彰規氏が活躍するなど、欧米に追いつこうとする動きが続きました。

しかし一方で、日本独自の美意識も根強く、極端なマッチョへの抵抗感もありました。そこへ登場したフィジークというカテゴリーは、「程よい筋肉でカッコいい体」というバランス感が日本人の感性にもマッチし、SNS世代を中心に爆発的なブームを起こしたのです。


現在では、前述のJBBF、FWJ、ベストボディ、SSAといった主要団体がそれぞれ特色を持ちながら競合・共存しています。

選手も自分の目的や信条に合わせて団体を選ぶ時代です。

例えば「いつかオリンピアに出たい」「プロボディビルダーになりたい」という夢を追う選手はFWJでプロカード取得を目指し、逆に「ドーピングなしで公明正大に戦いたい」という選手はJBBFに留まる傾向があります。

また「まずは雰囲気の良い大会で経験を積みたい」という初心者はベストボディやSSAから挑戦し、その後レベルアップして他団体へ転向するケースも一般的になりました。

事実、一つの団体でシーズンを終えた後に翌年別団体に“移籍”する選手は珍しくなく、各団体間で人材が行き来しています。

ただし選手登録の関係上、同一シーズン内に複数団体の大会へ出場することは制限されるため、選手はキャリアプランを考えながら活動団体を選択しています。


団体間の競合関係については、かつてはJBBFとNPCJ(現FWJ)の間で選手引き抜きや出場禁止措置など確執も取り沙汰されました。

しかし近年はJBBFとベストボディ・SSAが協調路線を取るようになり、FWJもその存在を認知した上で棲み分けが進んでいます。

ファンや観客にとっては選択肢が増え、年間を通じて様々なコンテストを楽しめる恵まれた状況となりました。

地方都市でも大会が開催されるようになり、地域のフィットネスジムや自治体が後援に付く例もあります。

こうしてフィジーク競技は日本独自の進化を遂げつつ、若者文化や健康ブームとも結びつきながら確実に市民権を得たと言えるでしょう。

評価基準の変化と今後のトレンド

最後に、フィジーク競技の評価基準やトレンドの移り変わりにも触れておきます。

メンズフィジークが登場した当初は「ビーチで映えるナチュラルな細マッチョ」が理想像とされていましたが、年々トップ選手の筋発達度合いは増し、現在では一部のプロ選手は昔の中量級ボディビルダー並みの筋量を誇るようになっています。

これは競技レベルの向上とともに「見栄え」の追求が進んだ結果であり、一部では「フィジーク選手が大きくなり過ぎ、クラシックフィジークとの境界が曖昧」との指摘もあります。

ただし大会審査では筋量が多ければ良いわけではなく、あくまで逆三角形のアウトラインや腹筋の美しさ、全体の調和が重要です。過度に筋肉をつけすぎて逆に評価を落とすケースもあり、各団体のジャッジ方針によって微妙な差があります。


例えば、JBBFのフィジークではナチュラルな範囲で作り上げた均整の取れた身体が好まれ、絞りすぎて不健康に見える場合は減点対象にもなります。

一方、FWJ(NPC系)のフィジークは国際基準に準じており、カットが深くバキバキに仕上がった選手が多く上位に入ります。

ベストボディ・ジャパンでは前述の通り筋肉量より健康的な魅力が重視されるため、過剰に絞った身体より適度にハリのある笑顔の映える選手が評価されます。

SSAも健康美志向ですが、ポージングやウォーキングといったプレゼンテーション能力が勝敗を分けることが少なくありません。したがって、選手は各大会のカラーを研究し、自分に合ったアプローチでピークを作る必要があります。

総じて言えるのは、日本のフィジーク競技がいま成熟期を迎えているということです。

各団体からプロ選手や国際大会入賞者が生まれ、国際舞台で活躍する日本人も徐々に増えてきました。フィジークという競技自体も、「一過性のブーム」からスポーツ文化の一部へと定着しつつあります。

今後は団体同士のさらなる協力や統合の可能性、あるいは新たな大会の創出も考えられます。例えば近年登場したNABBA JAPANや地方発の自主大会(レモンクラシックやイオリンピアなど)も盛り上がりを見せており、フィットネス業界全体が活況です。


日本独自の進化を遂げたフィジーク競技ですが、その根底にある「肉体美への憧れ」という普遍的なモチベーションは世界共通です。

欧米発祥のボディビル文化を取り入れ、日本流にアレンジしてきた歴史を礎に、これからも日本のフィジークシーンは発展を続けるでしょう。いつの日か、日本からMr.オリンピアのチャンピオンが誕生する日も夢ではありません。その時まで、各団体が切磋琢磨しつつフィジークという競技をより魅力的に磨き上げていくことを期待したいところです。