筋力トレーニングにおけるデジタルトレーニング技術:AIフォーム解析とVR体験
近年、AI(人工知能)を用いたフォーム解析技術やVR(仮想現実)トレーニングが筋力トレーニング分野でも注目されています。
AIフォーム解析とは、カメラやセンサーで身体動作を取得し、AIが姿勢や動作の正誤を判定・解析する技術です。
たとえば、ソニー技術のAIによって姿勢・動作フォームの正しさを自動判定するサービスが企業向けに提供されています 。
またVR筋トレ体験は、VRヘッドセットや専用機器を用いて仮想空間でエクササイズを行うもので、ゲーム的な楽しさを伴いながらトレーニングする手法です。
例えば、VRゴーグルを装着してストゥディオレッスンを仮想空間で体験したり、VRゲームの動作がトレーニングの運動に直結する仕組みが開発されています 。
AIフォーム解析の仕組みと活用例
AIフォーム解析は、姿勢推定や骨格検出技術(例:OpenPoseなどのディープラーニング手法)で人体の関節位置を検出し、関節角度や重心位置、可動域などを計測します。
スマートフォンやタブレットで撮影した動画をAIが自動解析する方式が一般的で、専用センサー(モーションキャプチャスーツやIMU)と組み合わせることもあります。主な利用用途には以下があります:
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フォームチェックとリアルタイムフィードバック:運動中の姿勢が正しいかAIが判定し、誤りがあれば音声や画面で指摘します。例えば、NextSystemの「VP-Motion」は、ジムやスポーツ時の動画から正しいフォームか評価し、スクワットやジャンプなどの反復回数を自動カウントする機能も備えています 。
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パフォーマンス解析とトレーニング指導:AIが動作を分割・アノテーションして動作順序をチェックしたり、筋力トレーニング時にどの筋肉が使われているか推定します。
筑波大発の「Sportip Pro」は、可動域・筋肉状態・重心位置の計測や、解析結果をもとにトレーニングメニューを自動生成する機能を持ちます。
同様に「SPLYZA Motion」はiOS端末で撮影した20秒以内の動画を読み込むだけで、3Dモデルを生成して角度・速度・脊椎湾曲などを出力し、ビフォー/アフター比較も可能です。
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リモートコーチング・スポーツ支援:インターネット越しに利用者のフォームをAIが解析し、遠隔で指導します。ケガ予防の観点でも、動作中の異常を検知して安全指導に役立てる事例があります。
また、チームスポーツでは複数選手の動きを可視化して戦術分析に用いられることもあります。
これらの技術により、従来は専門家の目視や高価なモーションキャプチャが必要だったトレーニングの評価が、スマホ一台で手軽に行えるようになってきました 。
例えば、野球向けアプリ「ForceSense」では、スマホで投球・打撃フォームを撮影・解析し、上達支援機能を提供しています。
パーソナルジムや健康増進でも導入例が増え、姿勢・フォームの自動解析サービスがジム運営側に評価され始めています。
VR筋トレ体験の概要と活用例
VR筋トレ体験とは、VRゴーグルや対応機器を装着して仮想空間でエクササイズを行う方法です。代表的なプラットフォームにはMeta(Oculus)Quest、HTC Vive、Sony PlayStation VR2、Apple Vision Proなどがあり、これらに対応したトレーニングアプリや専用マシンが開発されています。利用形態例は次の通りです:
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VRフィットネスアプリ/ゲーム:ユーザーはVRゲームの世界で身体を動かすことで筋力・持久力を高めます。たとえば、VRボクシングやカーディオ系のゲーム(FitXR、Supernatural、Beat Saberなど)では腕や体幹、下半身を動かして有酸素運動や筋トレを行います。ゲーム感覚でエクササイズすることで継続しやすいとされています 。
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専用マシンによるVRトレーニング:VR空間と連動する機器を用い、より本格的な筋力トレーニングを行います。米国のVRジム「Black Box VR」では、チェストプレスやスクワット用のダイナミックレジスタンスマシンを使い、VRゲーム内でバトルをしながらトレーニングします 。
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バランス・体幹トレーニング機器:VRヘッドセットと組み合わせた「Icaros」などは、ユーザーが前傾姿勢でバランス運動を行いながら仮想空間を飛行する体験を提供します。体幹強化を目的としたマシンで、世界中のジムに200台以上導入されており、VR映像で楽しみながら全身運動が可能です 。
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EMS(電気筋肉刺激)との連携:UK発のValkyrie Industriesが開発した「Valkyrie EIR」は、上腕に装着するEMSアームバンドと専用VRアプリ「EIR Training」で構成されています。VR空間でサンドバッグを叩いたりダンベル運動を行うと、腕の筋肉に電気刺激が与えられ、実際に重いダンベルを持っているかのような負荷感が得られます 。ASICSのアシックス・ベンチャーズも出資し、20分以内で終わるHIITメニューを提供している例があります 。
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XR(複合現実)を用いた導入例:日本のフィットネスクラブTipnessでは、Appleの「Vision Pro」を使ったVR/AR体験ゾーンを開設し、スタジオレッスンや館内ツアーを3D映像で体験できるサービスを開始しました。現実空間とVRを融合する次世代デバイスによって、ジム見学やレッスン体験のUXを高めています。
これらのVR体験は通常のトレーニングにエンタメ性を加え、高い没入感で飽きにくい点が特徴です。
また、ジム用マシンとしてVR対応の全身トレーニング装置(下半身にペダルや特殊機構を追加したマシン)も開発されており、VRで足腰を使うエクササイズが可能になるなど、機材は進化しつつあります 。
両者のメリット・デメリット
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AIフォーム解析のメリット
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フォームの正確な習得・怪我予防:AIが姿勢の歪みや誤った動作を検知してリアルタイムに修正助言するため、誤ったフォームによるケガリスクを低減できます。
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モチベーション向上・自己管理:AI評価による定量的なフィードバックや点数化が、利用者の満足度・継続意欲を高めます。また、アプリで進捗を記録・可視化できるため自己管理に役立ちます。
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初心者支援・遠隔指導:パーソナルトレーナー不在でもスマホとAIで指導を受けられるため、運動初心者や在宅トレーニングの人にも使いやすいです。トレーナー側も遠隔地の顧客に効率的にフォームチェックと指導ができます。
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AIフォーム解析のデメリット
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導入コスト・機材依存:高精度な姿勢推定には高解像度カメラやセンサーが必要で、システム導入コストや環境整備(照明・カメラ角度など)がかかります 。
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精度・視野の限界:カメラが捉えられない角度や重ね合わった動作(例:腕で腰を隠したスクワット時の首)など、誤判定や誤検知が生じる場合があります。AIモデルの学習データに偏りがあると誤認識の原因ともなりえます。
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現実感の不足:デジタル上で動作解析するため、本物のウェイトやバンドが持つ抵抗感までは再現できません。フォーム解析だけでは筋力強化そのものは実現せず、あくまで動作改善・学習支援に留まります。
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VR筋トレ体験のメリット:
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高い没入感と楽しさ:仮想世界の臨場感で運動に集中でき、ゲーム要素により「辛さ」よりも「楽しさ」を感じやすく、継続率が向上します。
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全身運動・新感覚トレーニング:自重やVR機器を使った体幹・バランストレーニングで、通常の筋トレでは使いにくい筋肉も動員しやすいです。VRマシンでは下半身向けプログラムの拡充も進んでおり、従来鍛えにくかった部位の運動も可能です。
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遠隔共有・競争:VRでは遠方の友人やユーザー同士が仮想空間で同時にトレーニングしたり、スコアを競ったりできます。また施設にVRゾーンがあれば、見学・体験を共有する新しい価値提供にもなります。
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VR筋トレ体験のデメリット:
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高額な機材投資:VRヘッドセットや専用マシンは安価とは言えず、1台数万円~数十万円のコストが発生します 。一般家庭での導入やジム設備の購入には大きな初期投資が必要です。
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VR酔い・健康リスク:VR特有の映像と体感のズレにより酔いや眼精疲労が生じる場合があります 。また、VRでは物理的な衝突事故などの安全配慮も課題です。
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現実との乖離:仮想空間では実際の重さや負荷感が再現しにくく、特に筋力トレーニングでは「本当に重い物を持つ感覚」が不足しがちです。EMSなどの技術で補完はされていますが、まだ完全な再現には課題があります。
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環境制約:VR機器は広いスペースや安全な設置が必要で、狭い部屋や周囲に障害物のある環境では使いにくいです。また、装着の手間や装置トラブルへの対応も運用上のデメリットです。
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主な製品・サービス例
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AIフォーム解析関連
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Sportip Pro(スポーティップ/筑波大発):スポーツ指導向けAI姿勢解析アプリ。可動域測定や筋状態推定、重心計測など機能が豊富で、動画のスロー再生やトレーニングメニュー自動作成が可能です。SNSで結果共有もでき、指導根拠の可視化に役立ちます。
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SPLYZA Motion(スプライザ):iOS用3D動作解析アプリ。単眼カメラで撮影した映像から40点以上の骨格データ(角度・速度・距離・脊椎湾曲など)を10~30秒で解析し、結果を数値で可視化します 。解析結果はCSV出力可能で、教育・スポーツ現場で幅広く活用実績があります。
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VP-Motion(ネクストシステム):AI行動解析システム。事前学習した動作パターンに照らしてスポーツやジムでの運動をリアルタイム判別し、フォーム評価や自動カウント、音声によるフィードバックを行います 。リモートコーチングやスポーツ科学研究にも応用できます。
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ForceSense(フォースセンス):野球向けAI動画解析アプリ。スマホで投球・打撃フォームを撮影するとAI解析され、フォーム改善点やスイングスピードなどをアドバイスしま。ジュニアからプロまで利用例があります。
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Flexi Coach(スポーツテックジャパン):ジム向けAIコーチサービス。スマホ/タブレットカメラで骨格検知し、正しいフォームかを自動判定する注釈機能を備えています。
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姿勢・運動チェックビルダー(サプリム/ソニー):企業向けコンテンツ生成ツール。ソニーの姿勢解析AI技術を利用し、トレーニングジムやヨガ教室向けに、正しいフォームかをスマホでチェックする仕組みを提供しています 。
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VRトレーニング関連
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Apple Vision Pro(アップル)+ティップネス:VR/ARデバイスVision Proを使い、スタジオレッスンや施設見学を没入型3D映像で体験するサービス。国内フィットネスクラブで初導入例となり、空間コンピューティングによる新たなフィットネス体験を提供しています 。
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Valkyrie EIR Training(ヴァルキリー):英国発のVR筋トレシステム。VRヘッドセットとEMSアームバンド「Valkyrie EIR」により、VR空間でのサンドバッグ打ちやダンベル運動に合わせて筋肉に電気刺激を与え、実際の負荷感を生み出します 。日本ではアシックス・ベンチャーズも投資し、トレーニングメニュー開発に取り組んでいます。
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Black Box VR(ブラックボックス):米国発のVRフィットネスジム。会員はVRヘッドセットとダイナミックレジスタンスマシンを使用し、仮想ゲーム内でヒーローを集め敵と戦いながらスクワットやチェストプレスを行います 。重りを増すとゲーム内での攻撃力も上がる仕組みで、ゲーミフィケーションを融合した全身筋トレを実現しています。
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Icaros(イカロス):体幹強化に特化したVRフィットネスマシン。利用者はVRヘッドセットを装着し、前傾姿勢でバランスボード上で飛行シミュレーションを行うことで全身運動を行います。世界200以上のジムで導入され、VR映像で楽しみながら体幹やバランス能力を鍛えられることが特徴です 。
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FitXR / Supernatural / Beat Saber 等(各社):Meta Questなどで利用できるVRフィットネスアプリの一例。ミット打ちやボクササイズ(FitXR)、全身ワークアウト(Supernatural)、リズムに合わせた剣振り(Beat Saber)など、さまざまなジャンルのトレーニングをゲーム形式で提供し、世界中で人気を集めています。
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ホロフィット(Holofit)などのVRカーディオ機器:固定自転車やローイングマシンにVRを組み合わせた機器で、世界中の風景を走る/漕ぐ体験を提供し、主に有酸素運動向けですが、一部筋力的な運動も含みます。
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その他の導入事例:ジムではVRスクリーンや複合マシンへの投資が増えており、VRを活かしたレッスンや対戦コンテンツを組み込む動きも見られます 。これにより、利用者は多様なプログラムを選択でき、運動の楽しみ方が広がっています。
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今後の発展展望
AIとVRを組み合わせたトレーニング技術は今後も急速に進化すると期待されます。生成AI・パーソナライズの進化により、個々人の体力や目標に合わせて最適化されたトレーニングメニューが自動生成されるようになるでしょう(例:ユーザー情報に基づく自動筋トレメニュー提案)。
また、ウェアラブル連携も進みます。既にドイツのEGYMシステムでは、スマートトレーニング機器がウェアラブルデバイスと連携し、心拍やトレーニングデータをクラウドで一元管理してリアルタイムにプラン調整が可能です 。
日本でもこれらスマートマシンの導入が増えており、将来的にVR機器とも同期してリアルタイムに運動負荷を最適化するような仕組みが考えられます。
さらに、XR(クロスリアリティ)の進展により、ARゴーグルでジム器具に仮想情報を重ねたり、VR内で他ユーザーやAIコーチとリアルタイムに交流しながらトレーニングできる環境が整いつつあります。Apple Vision Proのような空間コンピューティングデバイスはその先駆けで、Tipnessでは既に試験導入されています。
またメタバース空間での集団トレーニングやチャットボットによるパーソナルトレーナー(音声アシスタント)なども将来の姿として想定されています。
総じて、AIフォーム解析とVRトレーニングは、ケガ予防やモチベーション維持、初心者支援などに大きなメリットをもたらしますが、現状は機材コストや技術精度、VR酔いなどの課題もあります。今後は技術の進歩によってこれらのデメリットが解消され、より高度でパーソナライズされたデジタル筋トレ環境が普及すると期待されています。
参考資料: AI姿勢推定・動作解析サービスの紹介 (姿勢や運動フォームの正しさをAI 判定するコンテンツを簡単に制作できる 「姿勢・運動チェックビルダー」を販売開始 ~組み込み製品パートナーを募集~ | 株式会社サプリム(SapplyM, Inc.)のプレスリリース) (AI姿勢推定サービス8選。タイプや用途別の選び方 | アスピック|SaaS比較・活用サイト)、VRフィットネスの事例と展望 (「リアル×VR(空間コンピューティング)」での“新たなフィットネス体験” の業界初サービス創出をスタート。 | 株式会社ティップネスのプレスリリース) (アメリカの“体験型”フィットネスジム「Black Box VR」に注目 VRゲームで筋トレに - MoguLive) (ジムに導入されているVRフィットネスマシン - ワムタイムズ)、企業プレスリリース・専門記事など。